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越後の親鸞 
聖人の歩み越後での生活御上陸の地七不思議ご旧跡めぐり
ご旧跡めぐり
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腰掛け石
遠藤家の庭にある腰掛けの石
所在地 阿賀野市大室320 遠藤家 電話 0250-63-8809
拝観日時 必ず事前に電話連絡をしてください
アクセス :磐越自動車道安田I.C.から約10分、国道49号線寺社から約5分
電車:信越本線新津駅乗換え羽越本線水原駅下車、水原駅よりタクシーで約10分
駐車場 あり(大型車不可)
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 <遠藤家の庭にある腰掛けの石>      
【 由緒沿革 】
 親鸞聖人が焼き栗を食べられた時に座られた石と伝えられている。
代々腰掛け石を守ってこられた遠藤家の『縁起』等によれば、下総国にあった遠藤家から出雲崎町の大浦山福嚴寺を開基された方が出られており、親鸞聖人が建暦2(1212)年の春に、流罪の罪を許され、下越後を御化導されておられたとき、保田の地で、あるご婦人が聖人からご教化を賜わり、喜びのあまり焼き栗を聖人に差し上げた。聖人はご婦人に六字の名号をお書きになり、大室村へ行く途中、上野ヶ原にて休息された折に、栗を地に埋めて、「わが勧むる法義が末世に繁昌いたさば、栗は再び芽を吹き、一年に三度咲き実をつけるであろう」と言われた。その後、聖人のそのお言葉の通り、年に六月、八月、十月と三度、栗は実をつけたそうである。

 その栗が生えていた上野ヶ原は、遠藤家が所有していたが、明応年間(1492~1500)に孝順寺に三度栗の御旧跡を含む土地を寄付されている。そのときに、御聖人とのご縁を忘れないために、遠藤家に聖人が腰掛けられた石が移され、以来大切に保存され、代々守ってこられた。

宝永6(1709)年に、孝順寺檀徒総代だった遠藤伊右衛門(釋道喜)と孝順寺住職釋玄祐のお二人で、旧孝順寺支配所となった腰掛け石のあった場所に石碑を建立した。
 また、この御旧跡は享保17(1732)年に行われた幕府の検地や明治時代初期にも税金が免除となっている。文政6(1823)年に東本願寺第20代の達如上人が、そして明治3(1870)年には同第22代の現如上人が腰掛け石を参拝されるため、遠藤家にお泊まりになっている。

 『縁起』には、「この腰掛け石をお守りするのは、並々ならぬ深いご縁があるからであり、実に自信教人信の報徳の至すところなり」と書かれている。

 全国各地からこの腰掛け石を参拝するために多くの方がこられたそうで、その記録がいまも残されている。また、参拝された方に木版の札を遠藤家からおあげしていた。たくさんの古文書も残されており、遠藤家として大切に腰掛け石をお守りして下さっていることがわかる。孝順寺とあわせて参拝されると、聖人の歩かれた足跡を偲ぶことができる。


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