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部落差別について

荒瀬原 有之 師(三条市鬼木 蓮照寺)
 部落差別の問題について考えてみたいと思います。
 部落問題とは、いわゆる被差別部落に対する差別問題であり、アイヌ民族、ハンセン病患者、身体及び精神障がい者、高齢者、女性、在日外国人等に対する差別問題とともに現代の日本の社会が抱える大切な問題です。
 部落差別とは、江戸時代の封建的身分制度に於いて作り出された制度です。人権の尊重が強調される現代においても、部落差別への正しい理解を促す重要な役割を担っている被差別部落の出身であることを理由に教育現場での差別や結婚や就職において不当な差別を受け基本的人権が侵害されている事実があります。部落差別問題を考えるとき、部落差別が過去のことではなく、現代の日本の社会に存在していることをまず知ることが重要だと思います。
 ところで差別とはどういうことなのでしょうか。差別の定義については様々だと思いますが、最も簡単にいえば、その人の責任の取りようのない事柄や、その人の努力ではどうしょうもない事柄によって本来平等であるべきことを不平等に取り扱われ不利益を被ることと言えると思います。つまり、生まれ、人種、民族、性、職業等の違いを理由に他の人の自由を奪い、平等を侵害し、人間としての尊さを傷つけることです。自分との違いを理由に仲間はずれにすることです。
 このことから解るように差別は差別される側の問題ではなく、差別する側の問題であるということです。差別する者がなければ差別は存在しないのです。私たち人間は一人ひとり皆違っています。そしてかけがえのない「いのち」を生きています。そして一人ひとり固有の人生を全うしますが、同時に限りない他の人々との関わり中で生きていきます。異なった人間が互いに理解し尊重し合って生きていくことは簡単なことではありません。自分の日常生活を振り返れば思い当たることはいくらでもあります。しかし、他者と出会い、他者とどのような関係を私たちが願っているのかといえば、差別し差別される関係ではなく、互いに理解し尊重し合って共に生きたいということだと思います。そして、他の人と互いに解り合える豊かな関係を持つことが人間としての喜びでもあると言えると思います。 そのことを1922年(大正11年)3月3日、全国水平社創立大会の「宣言」文では「人間を尊敬することによって自らを解放せん」という言葉で表現したのだと思います。 部落差別について学ぶことは、決して被差別部落の人のみが解放されるということではなく、差別はいけないことだといいながらも差別してしまう者も含めて、共に解放され、人間を尊敬すべき者として見出していくことなのでしょう。

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