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真宗の人間観
-男と女が平等な関係を生きるには-
太田 清史 師

仏教の基本的人間観
真宗の人間観と言う前に、親鸞聖人は「大乗の至極」とおっしゃり、大乗仏教の究極の教えが真宗であると受け止められました。真宗の真は真実の真であり、真実というものは一つでありますから、これ以外に真実と言えるものはないのであり、その世界を仏教の伝統のなかの最先端の教えとして自らがいただかれた、その教えが真宗であります。その真宗の言うところの人間観というのは、すなわち、仏教が私たちに願っているところの究極的な人間観であると言えます。
それはまた、自分たちの宗派のなかだけで取り組むべき性質のものではなくて、ある意味では全世界、全宇宙を包括して完徹するような普遍的な教え・思想であるはずなのです。
その証左として、ブッダがこの人間観に目覚められて、その教えがインド、中国、日本へと伝わり、しかも二千五百年の時空を越えて、今ここでこの法会が持たれているのです。これだけの時と地域を越えて、一つの思想が継承されているというのは、世界に例を見ないのであります。
そういう意味でも、みなさん方には仏法を聴聞して生きていることに自信を持っていただきたいと、まず申しあげておきたいと思います。
 ブッダが二千五百年前に北インドで仏教に目覚められ、以後連綿と私たちに語りかけられている仏教的な真理とは、取りも直さず仏教の基本的な人間観ということなのです。ブッダはそれを非常に端的に、仏教の四つの旗印すなわち「四法印」として述べられました。
 一つ目は、「諸行無常」です。難しい意味ではなく、「すべては変わる」ということです。この世の中には変化しないものは一つもない、と。だから、それをさらに煎じて「諸法無我」とおっしゃいました。「私たちのなかに永遠不滅の実体としての我(アートマン)を持っているものは一人もいない」のであり、われわれ自身はアートマンではないのだ、と。
 当時のインドの思想においては、そういう永遠不滅の霊魂があるのかないのかということが、大きな関心になっていたのですが、ブッダはそのことに対して判断中止をされたのです。人間が生きていく上においては、アートマンの実在不在論ということは意味をなさないし、そのアートマンというものに拘泥している限り、私たちの日常生活の一歩は始まらない、ということが「諸法無我」の意味するところです。
 簡単に言えは、「すべては変化する」「あらゆるものに固定的実体はない」ということであり、三つ目の真理として「一切皆苦」とブッダは捉えられました。つまり、すべては変化し、人間は永遠不滅の実体ではないのだと言っても、私たちがその真理を受け止めようとしたときには、どうしても素直に受け止められないというのです。いつまでも変わらないでいたいと思うのが、人間の常であります。仏教はそれを、「四苦八苦」という言葉で語っております。いつまでも生きていたい。いつまでも若くありたい。いつまでも仲よくいたい。しかしながら、私たちにそのことは実際には起きないわけです。
 四苦とは、「生老病死」です。生というのは生きるという意味ではなく、生まれるということです。生まれて老いて病んで死んでいくというのが、人間の身の事実である、と。ところが人間は、「生まれたら必ず死ぬ」という事実を、苦をもってしか受け止められないというのです。
 ブッダの思想は、苦の実相をしっかりと見つめてその苦を滅すること、そして本当の真理に至る道程である八正道を歩むことによって、私たちは本当の人間になっていけるとおっしゃったのです。この本当の人間の姿を、いちばん最後に「涅槃寂静」とおっしゃいました。
 親鸞聖人は、その涅槃のことを「滅度」とおっしゃいます。涅槃は「ニルヴァーナ」(nirvana/サンスクリット語)が原語ですが、それは煩悩の炎が「吹き消された」状態のことを言います。それによって滅度に至るのであり、初めて人間は調和安定した永遠の安楽世界に目覚めることができるというのが、仏教の基本的な人間観なのです。

差別を超える仏教
 ブッダはこの思想に生き、自分の思想に賛同する多くの仏弟子たちをお育てになりました。また在家に向かっても説法を繰り返して、八十年の生涯を北インドのガンジス川両岸の約二百キロの地域を生涯行き来されました。雨期には祇園精舎や竹林精舎などで学習期間として「雨安居」を設け、乾期には托鉢をしながら、仏法を説いてまわられた方であります。
ブッダの教理には、一切が平等であるということを示す普遍的な原理が、もう既に含まれているのです。変わらないものは一つもない、普遍的な永遠不滅の実体を持っているものは一つもない、だけど、それを受け止めようとするときには必ず悩み苦しむというのも、また真実であります。それが吹き消されたときには、本当に私たちは永遠の安楽世界を発見できるのです。
人間はこの四法印において平等であるということを示されたわけで、もうここで親鸞聖人の登場を待たなくても仏教の思想というのは完結しているのです。
 しかし当時のインドのヒンドゥーイズムの世界にしてみたら、この思想というのはとんでもない思想でありました。祭祀者であるバラモンを頂点とする身分格差によって成り立っていたのが、当時のインドの社会です。そのヒンドゥーに対してブッダは仏教というものを持って立ち向かわれ、一切は四法印によって平等であるという真実を鮮明にされたわけです。以後、インドの仏教は、人間は生まれによって四つの階層に分かれるというそのカースト制度に立つバラモン教と対立を繰り返しながら、インドの大地で変貌を遂げていくのです。すなわちブッダの思想をもっと広く伝えていこうと、すべての人間を乗せていく大きな乗りものとしての「大乗仏教(マハーヤーナMaha-yana)」がそこに展開していくのです。
 さらに十五世紀ぐらいに、イスラム教徒がインドに入ってきました。イスラム教は、「世界の神はアラーの神唯一である」とする一神教です。ほかの信仰を唱えるものは、全部異敵として排除していく。 だから、仏教もヒンズー教も徹底的に弾圧されて、イスラム国家ムガール帝国が十六世紀に成立したときには、インドの仏教者たちも仏教寺院も徹底的に破壊されています。十六世紀にインドでは、仏教は消滅しています。
 第二次世界大戦が終わってインドの社会を再建していくときに、在来のヒンドゥーイズムの階層性とイスラムとの対決のなかで、一人の法務大臣が登場します。「不可触賤民」出身のアンベードカル(1891-1956)という方です。
 アンベードカルは、インドの新憲法をつくるに際して、人間が平等であるということの理念をどこに求めるかと言ったときに、彼は十六世紀に消滅していた仏教を、もう一度インドに呼び戻すのです。今もインドで、「ネオ・ブッディズム」という活動が続けられています。もっとも虐げられ差別されてきた、いわゆるアンタッチャブルといわれる人たちを中心に、新しい仏教運動が今インドで起きています。
 もしインドの仏蹟ツアーなどに参加されることがあったら、「貧しい村」をよく見ていてください。その村のなかに、青いスーツに大きな頭に眼鏡をかけたおじさんの胸像があれば、それがアンベードカルです。それはネオ・ブッディストの村です。
 ブッダがお生まれになって二千五百年たってから、もう一度その普遍的な平等の原理に立ち返ってインド再生をしていこうとした動きが、インド国内でもちゃんとあるのです。だから世界三大宗教のなかでも、そういう対立や階層差別を越えた教えが仏教であるということは、間違いのないところなのです。
 たとえばキリスト教の信仰というのは、最後まですべての人を救いとるとは言わないのです。世界の終焉の最後の審判のときに神の前に立たされて、その時まで神を疑わなかった者つまり「信ずるものは救われる」というのがキリスト教の思想です。では信じなかったものはどうなるかといえば、煉獄に落とされて、「ゲヘナの火」で焼かれるというのです。
 だから、キリスト教徒たちにとっては、最後の最後まで自分たちは神を信じるということを、言い続けなければならないのです。ある意味で未来教であり、神との契約宗教なのです。
 人間を救われる人と救われない人に選別していくという見方が、キリスト教の世界にはあるようです。仏教の場合は、すべてが救われるということが、もうブッダ自身の人間観のなかにはっきりと出てきます。ところが長い仏教の歴史を見ますと、ブッダの普遍的な教えに対して、それを厳格に守ろうとする出家者たちがあまりにも厳格主義を取り過ぎたがために、やはり「かくかくしかじかのことをしなければ仏教徒とは認めない」という、間口を非常に狭めた仏教に変質した時期があります。

出家仏教の限界
 のちに厳格主義の長老派者以外の人たちから、「そういう間口の小さい宗教というのは、すべての人を救ってはくれないではないか」というので、「小乗仏教」という名前で呼ばれていくのです。修行をした者でしか悟れないとする出家修道主義の厳格派集団によって、ブッダがなくなってからあとは、仏教の教えが伝えられていきます。
 本来、すべての人間は平等であるということを、厳格主義者たちはあまりにも厳密に守ろうとしたがために、その教えを信じない人たちを、やはり排除してしまうのです。
 こうして閉鎖的な仏教の時代が訪れてきます。そして、「そんなちっぽけな教えでは仏教はなかったはずだ。もっとすべての人に対して通じる教えが、仏教であったはずだ。差別を越えた教えが仏教であったはずだ」という批判が、小乗仏教以外の人々からじわじわとわき上がってくるのです。
 真宗の七高僧の最初におられる龍樹菩薩などは、その運動の先端に立って、仏教というのはすべての人に通じる教えであるはずだということを明らかにされたのです。
 仏教の教えは簡単に言えば、「生まれたら必ず死ぬぞ。おまえも死ぬぞ。死なないものは一人もいない」という教えなのです。その死に臨んで慌てふためかないように、人間は生まれたら必ず死ぬ存在であるけれども、それは無駄な存在ではないということを、ちゃんと四法印の教えに沿って目覚めておきなさいというのがブッダの教えであり、その目覚めた人たちの集団が出家者集団であったわけです。
 ところが、「上座部仏教」の、いわゆる厳格主義者たちのグループの教えというのは、ある意味で身もふたもない教えなのです。すべては変わる。死なない者は一人もいない。おまえも死ぬぞ。だから、その死に対する苦痛・苦悩・不安などを、修行によって払拭して、そして死んだら土に戻るだけだ、と。
 この出家者たちの世界では、例えば、今日のテーマになっているような男と女の問題というのは、ほとんど取り上げられていないのです。この当時、出家者たちはひたすら悟りを開くために修行をします。そのときに、性はどのように捉えられたかと言うと、それはすべて出家を妨げる、繋縛と書いてケバクと読みますけれども、私たちをがんじがらめに縛り付けていくものと位置付けるのです。
 出家したらなぜ頭を剃るかというと、髪の毛を生やしたら髪形を整えたいとか、色を染めたいとか、そういう一つの虚飾の世界いわゆる煩悩が生まれる。そういう煩悩を起こさせないために、髪の毛を剃ってしまうのです。男性出家者集団は、女性と絶対に一緒に行動しません。なぜかというと、女性のことを思うと、そのことによってこころが乱れるからだという、そういう意味では非常に差別的な教えです。
 逆に、女性集団も男性とは絶対に一緒に行動しません。しかも、女性集団の場合には、出家した比丘尼集団は赤ちゃんを連れてきてはいけないのです。だから、比丘尼の出家者集団は、僧団から出家が認められるまでに、一年間待たされるのです。何故かと言うと、出産の可能性を確かめるためです。一年間待って、この人は赤ちゃんをはらんでいないということがわかると、そのときに初めて出家が認められる。
 考えてみたら、これを厳格に守っていけば、仏教の世界というのは非常に非生産的な集団であることになります。出家者ばかりになってしまったら、社会そのものが構成されなくなります。男も女も後継者を生み育てないのですから。

大乗仏教-行動する「菩薩」の登場-
  大乗仏教の教えの特徴は何かと言うと、人間は慈悲をかけられた存在であると捉えることです。人間は生まれたら死ぬ存在なのだが、そのことに対して、悲しみ、悼みを感じる存在だという捉え方をしたのが、大乗の仏教者たちです。
 私たちの「いのち」は、いただきものの尊い、ありがたいいのちなのだ。いのちというのは本来尊いものなのだという、いのちに対する新たな視点が生まれてきたのは、大乗の時代に入ってからです。「いのちを大切に」という発想が生まれてくるのは、大乗仏教に入ってからなのです。
 そこのところを、中村元という仏教学者が『仏教語大辞典』のなかで、非常にわかりやすく表現しておられます。
「この苦悩の中から、呻きとしての『悲』(karunaあわれみ)が生まれてくる。カルナーの原意は呻き・嘆きである。自己の呻きを知る者は、他人の苦悩にも共感できるし、苦悩するすべての者への親近感・友情をもつようになる。これが『慈』(maitri)である。友(mitra)ということばからつくられた、このマイトリーという語は、最も深い友情という意味を持っている。この慈悲が愛に代わってすすめられ、慈悲の究極として、無縁の大悲、つまりわたしが、だれに、どれだけのことを、という三つの条件を全く意識しないで、他者をしあわせにする無条件の大きな愛が説かれるようになった。」

 どうにかなるような苦しみというのは、まだ苦しみではないわけです。どうにもならなくて、ただ呻くしかないような状況に立たされることを、親鸞聖人は「自力無功」とおっしゃるのです。また「悪人」ということをおっしゃるのです。
 私たちが本当に自分自身、ことと次第によっては何をしでかすかわからないという自覚が生まれたときには、もう呻くしかないわけでしょう。
 みなさんも考えてみてください。病人にとって一番来てほしくないお見舞い客は誰かと言うと、健康な人だと言われるのです。本当の病人の気持ちがわかる人というのは、自分の身を痛めて同じ病に苦しんだ人。それによって初めて、病者の境遇に共感が持てるというのです。
 私はカウンセラーだと紹介を受けましたが、カウンセリングにおいても、人に「ああしなさい。こうしなさい」と言える人というのは、極めておめでたい人であります。だから、今そういうおめでたい人のところに行って教えを請おうとしているような、世の中の占いブームというのはすごいですけれども、あれは、みなさんが自分に自信がないから、ああいうところに行ってしまうのです。言っているほうは、みなさんの自信のなさの裏をかいて、あれをビジネスにしていくという、非常にさもしい世界であります。
 本当に呻いたら、私たちはもう言葉を出せなくなります。しかし、自己の呻きを知る者のみが他人の苦悩にも共感できるし、苦悩するすべての者への親近感、友情を持つようになるのです。
 千手観音は千本手があって、その手には薬の瓶を持ったり鋤や鍬を持ったりしておられますが、あの手は何のためにあるかというと、本当に苦しんでいる人の、その個別の苦しみに寄り添いたいということの表れなのです。そういう慈悲の手、慈悲の存在というものが、この大乗仏教運動によって出現するのです。
 あなたの友だちがここにいますよ、あなたのいのちを自分のいのちのように思っている私がここにおりますよ、どうかそのいのちを傷付けないで、尊いいのちを生き切ってくださいという願いが、一人残らずすべての人々にかけられている。人間に対するそういうものの見方が、仏教のなかから登場してまいります。

無縁の大悲
 大乗仏教は、「慈悲の宗教」といえます。だから、「今、いのちがあなたを生きている」という、そのいのちそのものは、その慈悲の眼によって私たちにさし巡らされた「いのち」であります。そしてそのいのちは、私有化されるべきいのちではなくて、賜りもののいのちである。賜わりものの、尊い尊いいのちである。大きな大きな生命の循環のなかのごく一部を、私どもはそのいのちを預からせていただいて、そして、この世の縁が尽きるときには、もう一度この世界、宇宙に、そのいのちをお返しして生きていく。
 その結果が、みなさんの一粒種であったり、近親者であったりするわけです。こうして「いのちの循環」ということを考えるようになってきたのが、大乗仏教の世界であります。
 宮沢賢治という仏教詩人は、人間を含んでこの地球上ひいては宇宙にあるすべての存在というのは、「かがやく宇宙のみじん微塵」だと言っています。「まづもろともに かがやく宇宙の微塵となりて 無方の空にちらばろう」ということを賢治は言うのです。
私たちは宇宙のちりなのだけれども、そのちりがなければ宇宙は成立しないと言っているのです。そういう尊さのことを、「かがやく」と表現しているのです。私たちのいのちというのは、みんなちっぽけな存在だけれども、このちっぽけな存在が集まって、この日本や世界や宇宙が成立しているわけで、この私がいなければ宇宙は成り立たないくらいに、尊いいのちなのです。
 学生たちに「あなたもかけがえのない存在なんだよ。宇宙の構成要素なんだよ。あなたがいなかったら、この宇宙は成立しないんだよ」と言うと、あぜんとした顔をしている子がときどきいます。
 大宇宙という壮大なジグソーパズルの中のワンピースが私たちなのです。いくらジグソーパズルをつくっていっても、最後のワンピースがぷちっとはまらなかったら、ジグソーパズルは完成しないのです。その一つ一つのチップが、私たちなのだということなのです。
 だから、願われている存在、愛されている存在、もともと尊い存在が私たちなのだ、その賜わりもののいのちを本当に生かして生きていこうという、新たな仏教の人間観・平等観が、大乗仏教のなかからこうして生まれてきます。一人も取りこぼさない仏教の誕生です。
大乗の教えを生きていくときに、具体的にはどのように生きていけばいいのか。いわゆるほとけさまというのは「法性法身」といって、目にも見えず姿もなく、義なきを義とした、一つの理念そのもの存在です。それが初めて私たちと同じような、肉体を持った人間のかたちで登場し、そしてほとけさまになるべき存在として描かれ始めるようになったのが、「菩薩」です。
 だから阿弥陀如来も、今、絵に描かれていますけれども、この絵はあくまで具体的に描いただけであって、本来はこの宇宙の摂理そのものが阿弥陀仏です。その阿弥陀仏になるために、法蔵菩薩という人が五劫の思惟をして、十劫成仏をして、そして悟りを開いて阿弥陀仏になられたのです。そういう意味で、法蔵さんというのは人間なのです。五劫も生きる人間はいないのですけれども、そういう具体的な人間像として描かれる菩薩という存在が登場してきます。
 日本でも、平安時代の貴族や庶民にとっては、菩薩の存在というのはどれほどありがたかったか。観音信仰というのは、全部菩薩信仰です。近畿に行きますと西国三十三ヵ所がありますし、四国へ行ったら八十八ヵ所。あれは全部、空海さんの霊場ですけれども、空海も菩薩の一人であります。生身の人間でありながら、ほとけになっていかれた。

菩薩のはたらき
 そういう、具体的な菩薩をモデルにして人間を捉えていこうという動きが、紀元後三世紀、五世紀ぐらいから、北インドと南インドで両方一気に始まってくるのです。
 私はこの状況について、「行動する菩薩」ということを考えています。「行動する」とはどういう意味かと言うと、ほとけの役割を実際に具体的に表現していくということです。観音菩薩はサンスクリット語ではアヴァローキテーシュヴァラ(avalokitesvara)といいますが、すべての人々の悩みや苦しみの声を見通し、聞き通す存在のことで、正しくは観世音菩薩と言います。
 十一面千手観音の場合だと、二十二個の目で見、千本の手を持ってあらゆる人の悩みや苦しみに即応した救いの手を差し伸べるのです。これが、観音菩薩が圧倒的に庶民に信仰された理由です。観音さまというのは、そういう一つの救いの当体としての具体的な人間像を象徴しているのです。このような行動する菩薩が、大乗仏教のなかから生まれてきます。
 菩薩の役割というのは浄土教の場合でしたら、たとえばほとけの働きを具体的に三つのかたちで表現するというパターンがあります。三尊仏といいますが、阿弥陀如来の両脇には観音菩薩と勢至菩薩がおられるのです。法隆寺の釈迦三尊を見たら、両脇には必ず文殊と普賢という二人の菩薩がおられます。薬師如来の両脇には、日光菩薩と月光菩薩です。
 本来、法性法身のほとけだったら、そんな具体的な姿をあらわさなくてもいいのですが、この大乗の人々は人間の教えである仏教を具体的な人間のかたちで表現をするということを、非常に注意深くおこなったのです。これによってほとけさまの働きが、きわめて具体的に表現されるようになります。
 勢至菩薩はほとけの智慧を象徴し、観音菩薩は慈悲を象徴するといわれます。智慧はまた、光で表現されます。インドの言葉で言うと、般若(プラジュニャーprajñā)という言葉があります。プラジュニャーの智慧は「みょう明」と漢訳されます。その反対に、智慧に暗いことをむみょう無明といいます。だから、明るくなかったら、これは闇になるわけで、すなわち光が差さない世界を煩悩の世界といいます。
 ブッダの智慧の光というのは、私たちに光を届け、明るさを届けるのです。これをもっと具体的に言えば、仏教が求める具体的な人間像というのは、一つは明るい人間だということが言えるのです。勢至菩薩というのは、人間の明るさを象徴的に担われた方です。陽気で明るいという意味ももちろんあるのですが、明るさというのは、英語で言うとクールヘッド(Cool Head)の「クール」に相当します。勢至菩薩に担わされた人間の役割は、冷静で明晰な頭脳であり、智慧の眼なのです。
 一方、その反対側にある慈悲の世界を担われるのが、観音菩薩です。クールヘッドに対応して言えば、ウォームハート(Warm Heart)です。つまり温かい心。
 明晰な智慧の頭脳と温かい慈悲の心を持つ人間ということですから、大乗仏教の理想的な人間観を具体的に表現したら、「明るく温かみのある主体的人間」ということになります。漢訳の世界では、「智悲円満の行人」といいます。智慧と慈悲に満たされているということです。
 この人間の二つの側面を具体的に担わされているのが、父性であり母性なのです。智慧の父性のほうは、人間を峻別し裁断していくのです。母性はすべてを温かく包み込んで、受容していくのです。お母さんのことを「おふくろさん」というのは、まさにこのことを指しています。
 特に、曇鸞大師は、この母性に相当する観音の働きのことを、「大悲代受苦」と註釈しておられます。大いなる慈しみのこころを持って、代わって苦しみを引き受けていくのが観音の世界であり、したがって母性の働きがここにあるのだ、と。
 こうしてここに、仏教はすべての人間に通ずる教えでありながら、それを男性性と女性性の二つに分けて捉えていくという立場が登場します。それぞれの菩薩の道を歩む人間のことを、「菩薩道を歩む人間」と捉えます。私たちは男として菩薩道を歩み、女として菩薩道を歩み、その揚げ句には男女を超越したほとけそのものになっていく。ほとけになるために、たまたま私たちは男性として女性としての個性を与えられて、その個性を生かしながら、最終的には男女を超越した存在になっていく。
 だから、ほとけさまの姿というのは、男か女かわからないわけです。ある意味で、両性具有とも言えます。むしろ、男性性、女性性を超越した世界が、仏性という世界には描かれています。だけど、人間は生身の人間なのです。女として仏道をどう歩むのか、男として仏道をどう歩むのか。そのことを象徴的に智慧の勢至、慈悲の観音といわれるような役割のなかに見ていこうとしたのです。これが大乗菩薩道の思想であります。
 仏教の世界では、やはり生み育てるものとしての男女という意味合いが強いようです。男女というよりも、父性・母性の両輪によって人間は成就されていくということを、大乗仏教においては捉えていくようになります。

凡夫の自覚
 菩薩の道を踏み歩んでいくのが人間だということを、大乗の教えによって伝えられたのでありますが、そこでもう一つ問題が出てくるのです。
 そういう聖なる道を歩める人間はいいけれども、聖なる道を歩めない人間はどうなるのかという問題です。「私の力で子どもたちを救ってあげます」「私の力で子どもたちに倫理、道徳を教えてあげます」と言える人々はいいのです。しかし、そういう菩薩の修行ができない人間もいるのです。
 親鸞聖人がこの大乗菩薩道を歩もうとされたときに、その道はあまりにも自分という人間にとっては崇高過ぎる聖者の道であるというので、「聖道門」と呼んでおられます。
 親鸞聖人は比叡山で二十九歳まで修行をされましたが、そのときにもう自分としては比叡山の修行に挫折せざるを得ないということをおっしゃいました。それは比叡山の修行が難しいとか、そんなことではないのです。そこでは理想的な人間になるために、ひたすらこころを静めて「止観」という瞑想をします。そのときに精神を集中するために「水想観」といって鏡のような水面をこころの中に思い描く修行をするのですが、集中しようとすればするほど、常に小賢しい知恵のさざ波がこころの中に立って、一瞬たりともこころを静止することができない。あるいは、「月想観」というこころの中に雲ひとつない満月を思い描く修行をしようとしても、いつもそのときに「妄雲」(『真宗聖典』七四四頁)と呼んでいらっしゃいますが、みだりがわしい黒雲がその月の前に立ちはだかって、私のこころをおびやかす。
 そういうことで極端に言えば、親鸞聖人自身は聖なる道を歩む菩薩道の世界に、挫折してしまわれた方なのです。挫折したけれども、自分はこの仏道を歩むしかない。どうするか。もう進退窮まって、六角堂の慈悲の救世観音菩薩の前で、百日間のお籠りを決意されるのです。そして、九十五日目の暁に、「汝、親鸞よ。汝が、男と女という問題においてこころのなかで悩み、山では禁じられている女性との交わりを避けがたい人間の営みだと捉えたとしても、そのときは観音である私が、その実際の女性に代わってあなたに身を捧げましょう。そして、汝がこの一生のあいだ、その仏道を歩むことを終始お護りをして、この世の縁が尽きるときには、永遠の安楽世界である往生浄土の世界に、私が汝を導いてまいります」という、一つの夢のお告げを戴かれるのです。
 そのことによって、もはや自分の前に一切の妥協を許さないこの聖なる道は必要ではない、ひたすら「悪人」であるところの自分を生きていき、その悪人親鸞が無条件の弥陀の大悲によって、ちゃんと間違いなく救われていくということを、自身の身の上で証明をしていく。そういう世界を生きられたのが、親鸞聖人という方であろうと思います。
 自分は修行ができない人間だとして、この聖なる道を放棄された方ですから、自分が居るのは先にお話ししたような小乗の世界でも大乗の世界でもない、と。修行ができないということは、仏教の理論からすれば救われない人間、ほとけになれない人間ということです。親鸞聖人は、それでけっこうだとおっしゃるわけです。
 修行ができない人間のことを、仏教の世界では「凡夫(プリタグジャナprithag-jana)」といいます。凡夫というのは、「どうせ私たちは泥凡夫ですから」などという言葉でくくれるほど、簡単な立場ではないのです、凡夫というのは、極論すれば人間ではないという意味なのです。「凡夫親鸞」というところに、親鸞聖人は立つしかなかったのです。それでいて、弥陀の大悲が本当に一人の人間も取りこぼさないというのであるならば、この修行のできない親鸞一人も救われなかったら、ほとけの願いは嘘になる、と。
 この教えを徹底して、親鸞聖人は生きていかれるのです。そして、繰り返し繰り返しその弥陀の大悲を聞き、『教行信証』をまとめたりしながら、実際に自分の身のまわりに起こってくる、さまざまな家庭内の不和であるとか、愛するものとの別れとかを超えていかれます。一番大きな別れは、自分のいのちを生きることすらできないという人間性、「おまえはもう人間じゃないんだ、凡夫なんだ」と言われたその自分を、どうやって受け止めていくかというときに、最終的に親鸞聖人が辿り着かれたのが発想の逆転です。ほとけの願いが一切衆生にかけられた願いであり、十方衆生にかけられた願いであるならば、その十方衆生のなかに自分も含まれているとするならば、私が救われなければ弥陀の誓願は成就していないことになるではないかということなのです。
 しかも、弥陀というのは五劫思惟の誓願を経て、そうしてどこまでも自分の修行の力によって救われない人間であっても、間違いなく、この世の縁尽きて一生が終わるときには、もはや二度と苦しみ悩み、死の恐怖にさらされない、永遠の安楽世界であるところの浄仏国土、略して浄土、お浄土という世界に誘って下さるのである。もはや二度と不安にさらされることのない世界に、私たちは間違いなく一人残らず行くのである。なぜならば、阿弥陀如来の前身であった法蔵菩薩という方は、「そういうふうにして、一切衆生がこの世の縁尽きるときに、すべての人間が等しくほとけの願いを受けて浄土に往生しないならば、私はほとけとはならない」とおっしゃった方なのです。そして現に、このほとけの願いは成就されたから、法蔵菩薩は理想の存在としての阿弥陀仏になられたわけです。
 ということは、仏教の世界は、親鸞聖人の教えの世界は、人生の終焉に臨んで救われない人間は一人もいないのです。キリスト教は信じなかった人間を排除しますが、真宗においては、例外は一人もないとおっしゃっているのです。
 だから、どのような行いをした人であっても、すべての人間が間違いなく救われるということを私どもに示してくれる世界が、真宗の世界であります。真宗の男性観・女性観もまた、一人の例外も置かない世界です。男だから、女だから、ということを一切言わないのです。言い替えれば、人間を選別しない教え、これが真宗の教えであります。
 そういう世界に私たちが目覚めることを、親鸞聖人は「賜りたる信心」とおっしゃるのです。如来の側から私どもに差し伸べられている、その真実の世界に目が開くことを「信心獲得」というのです。
 だから、信心、信心と言うけれども、そんなものはどこにあるかということなのです。東本願寺宗門における宗教活動の一切は、あるいは親鸞を名告る教えの一切の活動は何のためにあるのかと言えば、信心を賜るためにあるのです。
 お寺のはたらきは、別院の役割は、ご門徒に信心を戴いていただくためにあるのです。法要の役割も、この法要を通じて信心を戴いていただくためなのです。
 その信心というのは、ほかでもないのです。あなたは間違いなく浄土往生が確定しております。弥陀の大悲によって、この世の中に無駄な人は一人もおりません。どうか自分のいのちをどこまでも生かし切って、この世の縁尽きたときには、ありがたくその自分の末期を受け止めさせていただいて、二度と死の不安にさらされないお浄土に行かせていただきましょう、という世界なのです。

寺の役割
 だから浄土往生を理念に置く学校では、誰を育てるかといえば、たとえば私の勤務する大学は音楽大学なのですが、音楽家を育てるだけだったら宗教教育はできないのです。そうではなくて、音楽をとおして、最後にお浄土にお生まれになる方をお育てしている。お浄土にお生まれになるまでの一時期をお預かりしているのが、真宗大谷派の学校の仕事です。
 そのためには、学生や生徒一人ひとりが最終的にきちんと間違いないという精神の安定・確信、もっと言えば信心を獲得していただくための学場なのです。真宗の宗教活動には、それ以外のものは一つもありません。
 そこで、本日のテーマに戻りますが、真宗の人間観として男と女がともに平等な関係を生きるというのは、いったいどういうことか。男と女が平等に生きるということは、ある意味で男と女を越えるということを意味しています。なぜ越えるかというと、信心に個性はないからです。
 私の信心とか、あなたの信心などというものはないのです。信心そのものは、普遍的なものです。誰にでも通用しなかったら、信心とは言わないのです。真宗の場合、信心に個性はない。
 だから、親鸞聖人は「愚身の信心におきては」ということはおっしゃいまが、それはあくまで・愚・身の信心においてであって、私の信心ではないのです。親鸞聖人がおっしゃるのは、自身の愚かさを発見した自分において、信心というのはこれでしかないとされたのです。
 信心に個性がないということは、言い換えればすべての人々に開かれているということです。あれができるとか、これができるとか、できないとか、男だから、女だからとか、生まれがいいとか、悪いからとか、そういう一切の人間の属性を問わないのが、信心の本質です。
 しゃべる人も、しゃべれない人も、智慧のある人も、ない人も、そういう一切の人間の属性を越えて、すべての人間に完徹するのが信心というものです。それに目覚めていく。この世の中で目覚めなくてもいいのです。嫌でもすくい取られてから、信心に目覚めさせられるのです。そしてその信心の世界を、浄土というのです。
 信心獲得の前には、男女の別というのは基本的にありません。ですから、真宗のなかにおける男女の平等の活動というのは、平等を勝ち取るためにいくのではない。もともと平等だというところに目覚めていく活動が、真宗における男女平等の活動であるわけです。
 そういう意味では、ここ三条教区でこの集まりが企画されたきっかけに、やはりお寺自身のなかに、こういう男女の問題に関して非常に大きなギャップがあるということを、みなさんが指摘されたということがあったと思います。耳が痛い方もいらっしゃるかもしれませんが、住職と坊守の位置であるとか、寺族とそうでない門徒の関係とか、もともと平等であるものを遮るものがいっぱい入り込んでいる。
それは信心不足だから、そうなるのです。煩悩具足でなく、「煩悩不足」なのです。そこにあるのは、きっと習俗に侵されてしまって、私たちの信心の眼が本当に濁ってしまっているということであります。それはまた同時に、教化の活動が滞ってしまっているということでもあります。
 今から五十年後に、越後の大きな田舎のお寺が本当に栄えて、そのままあると、自信を持って言える方はいらっしゃいますか。親鸞聖人の八百回忌を迎えるときに、この新潟県の真宗はどうなっているでしょう。本当にお寺が信心獲得の場になっているでしょうか。そして、お寺のなかに寺族や門徒や坊守や若さまや稚児さまだといわれるような、一つの人間を属性によって扱っていくような、その差別が本当になくなっていると言えるでしょうか。
 まず、ここから始まるのです。だから、「あなた、信心を持ちなさい」ではなくて、私が戴くことから始まっていくのです。だから、信心を戴いたら、本来ある平等の目がちゃんと開けてくるということです。
 お寺の役割というのは、信心をいただく場としての法会を提供する場所です。それ以外何もない。同時に、お寺の方々の仕事というのは、信心を与える仕事を任とするのです。
 親鸞聖人がおっしゃるように、まず自分が信心を戴いていないことには、人に信心を戴けとは言えないのです。「自信教人信」という世界です。「自ら信じ、人をして信ぜしむ」。自分が食べておいしくもないものを、人に「食え」とは言えないでしょう。
 真宗というのは、まず自分がおいしいと思ったら食べないとだめなのです。最近は、これはどういう成分でできていて、どういう効き目があって、食べたらどんな味覚がしてとか、いろいろなことを言いながら、外からばかり見て、誰もかぶりつこうとしないのです。
 食べた人間は、自分が食べて「うまい」と言えるのです。お寺のなかで必要なのは、「うまい。おまえも食え」。この活動が寺のなかでできてこないと、寺の伽藍なんて何のためにあるのでしょうね。
 私はこの四月までの毎日、東山方面から車で京都に通っていました。あの東山のトンネルを出て京都の盆地が見えてくると、今工事をしている東本願寺の御影堂の素屋根が、もう京都の巨大な壁みたいに見えます。びっくりします。
 あの巨大な伽藍を聞法道場としてつくったのは、いったい誰かということなのです。あれはご門徒です。信心獲得のためにつくられたのです。ものすごい願いがあったのです。
だから、本来の願いに立ち返ったときに、平等社会というのは間違いなく顕現するのです。

真宗の人間観
 最後に真宗の人間観を確認してまいりますと、基本的には、真宗というのは一切の差別を置かないのです。一切は信心の前に平等であるというところから、始まっている思想です。私たちが、そのことを正直に受け止められるかどうかが、信心獲得ということであります。
 だから、そこで捉えられる男と女というのはいったい何かと言うと、具体的にその信心を男という個性において生き、女という個性において生きていく存在であり、そして男という個性をとおして信心を獲得し、女という個性をとおして信心を獲得していく存在なのです。
 そしてこれは別な言い方もできるわけで、八十歳の老人として信心をいただいていく生き方もあれば、三つの赤ん坊として信心に触れていくという生き方もあるのです。人間の属性というのは、すべて信心に向かうための機縁・プロセスと捉えていくことができるのではないかと思います。
 私は臨床心理士としてカウンセラーの活動をずっと続けておりますが、最後に申しあげると、今、「ウツ自殺」がものすごく蔓延しています。八年連続、自殺者が三万人を下らないという社会現象が起きています。自殺者が、それまで世界最長であった日本の平均寿命を頭打ちにさせて、平均寿命を引き下げているのです。
 ウツで死なれる方のピークは、バブル絶頂期の後半の頃は、四十代後半の企業戦士たちが、あまりのしんどさのために何のために生きているのかわからないという状況になって、続々と自殺者が出ました。初めて、この時代に自殺者が三万人を超しました。
 バブルが弾けて不況になって、そのあと十年間でウツ自殺のピークは、いわゆるリストラ世代であるところの五十代半ばの管理職世代に移行しました。そして一昨年、ついに自殺者は六十一歳以上の世代がピークになりました。
 自殺に駆られるときの心境は、身体も言うことを聞かないし、家族にも迷惑をかけるし、こんなにしんどいのだったら、いっそのこと首をつって死んでしまったほうが、もう楽だ、というものです。自殺というのは読んで字のごとく、自分自身を殺すのです。つまり自殺というのは、最後に殺人罪を犯すことなのです。
 みなさんの平均年齢より私は若いと思いますが、若い者がお年寄りに向かって「どうかいのちを大切にしてください」と言わなければならない現代なのです。おかしいと思いませんか。「後れ先立つものは、前を訪え」と親鸞聖人もおっしゃっています。年寄りが生き方のモデルになってくれなくて、どうするのですか。みなさんがちゃんと信心をいただいて、おまえもちゃんと間違いなく往生浄土できるということを、私たちに示してくださらないと。
 だから、誰にも迷惑をかけないから死ぬのは自分の勝手だという考え方は、いのちを受け止めているわけでも何でもないわけで、いのちの放棄なのです。そういう人が、赤ちゃんが生まれてきたときに「おめでとう」と言えますか。小さい子どもたちに対して「いのちを大切にしなさいよ」とかという言葉に、本当に真実味が持てますか。「自分のいのちを自分がどうしようと俺の勝手だ」という、そういう価値観がまかり通っている、このウツ自殺三万二千人時代なのです。
 だから、老人になるということは何をしてもいいということでもないし、母親になるということ、父親になるということは、父親や母親として子どもをコントロールしていいということでは決してないのであって、親鸞聖人がおっしゃるとしたら、たぶん修行しろとはおっしゃらないのですけれども、自分の生き方に誠実になれということをおっしゃると思うのです。
 ちょっと話が飛躍しますが、今、日本の出生率が一・二五になりました。つまり一家に子どもが一人しか生まれないわけです。ということは、このような状況が数世代続けば、日本の人口が五割ずつ減っていくということです。子どもにとっては、自分の目の前に今、お父さんとお母さんしかいないのです。きょうだいもいないし、おじさんもおばさんも、誰もいないのです。
 だから、五十年後のお寺がどうなっているかと言うと、門徒そのものが居なくなっているという状況が起きつつあるのです。このことがわかっていたら、やはり結婚して赤ちゃんを産み育てないと、仏法も興隆しないのです。そんなことが、火急の課題としてもあります。
 そんなことで、真宗の人間観、真宗における男女の平等問題というのは、ひとえに信心に立脚するということを、今日は申しあげたかったわけです。
 ひとまず前段でのお話を、これで終わらせていただきます。

(まとめの講義)

凡夫の名告り
 座談会を通じてご質問をいただいた、「凡夫」の問題にもう一度触れておきます。
 親鸞聖人が捉えられた凡夫の有様を象徴的に示すのは、「二河白道」のお話です。そこでは砂漠を旅する人間を、いわゆる「三定死」として表現しています。
 この譬え話は七高僧の一人である善導大師が、観無量寿経の註釈の中で説いておられます。道を求めて一人砂漠を西に向かって旅してきた旅人の目の前に、忽然と南には溶岩の流れているような火の川、北には濁流渦巻く大河が現れます。その間に幅四、五寸、長さ百歩ほどの道が見えるのですが、そこを通ろうにも、火と水の波が道を覆って、もう一歩たりとも前には行けません。後戻りしようと思うけれども、そこには群賊悪獣がいて、今まさに襲いかかろうとしています。もはや「行くことも」、「戻ることも」、「とどまることも」できないという、絶体絶命の境地に立たされてしまったのです。この状態のことを、三定死と譬えているのです。
その二河に覆われているきわめて狭小な一本の白い道が、かろうじて見えます。この道をもしうまく渡り切れば、生き延びられるかもしれない。しかし、今の自分の器量では、この道を進めば必ず大河に落ちて命を落とすだろうし、戻ったり、じっとしていたら、けだものが襲ってきて、間違いなく食い殺される。
 親鸞聖人はこの二河比喩を『教行信証』に引用なさって、三定死の状態はまさに自分自身だとおっしゃるのです。私たちの日常を通してみても、本当に自分自身の状態を人に誇れる自分でしょうか。真宗が聞法の機縁を「凡夫の自覚」というところに置くのは、そういうことなのです。行くことも、戻ることも、とどまることもできない、あなた自身であることを、自覚できるか否かということです。
 そのときに、この旅人は実は救われるのです。絶体絶命のなかで、もはや死をまぬかれないのであれば、唯一の可能性として、この目の前の白道を歩んで死んでいこうと覚悟を決めるのです。その瞬間、彼の背後から「こころを決めてこの道を進め。そうすれば必ず渡れる。じっとしていたらただ空しく死ぬだけだ」という声が聞こえます。また時を同じくして白道の彼方から「わたしが汝を護るから、安心してこちらに来い。水火に飲み込まれるのを怖れるな」、と。この二つの声は、後ろはお釈迦さまの励ましの声であり、前からのは阿弥陀如来が待ち受けておられる証しなのです。それらの声を信じて、彼は西方浄土に救われていったのです。
 凡夫とは、このような存在なのです。絶体絶命である凡夫の自覚によって、初めて仏法というもの、信心というものが意味を持ってくるということなのです。
 戦後、若者たちにむさぼり読まれた『死に至る病』という本があります。キルケゴールというデンマークの思想家の著作です。彼はその本のなかで、「罪は単独者の規定である」と言っています。これは「凡夫の自覚」ということと、非常に近い意味を持っています。
西洋キリスト教社会では、神を信じないことは罪なのです。その罪はまた、「罪の厳粛さはなんじが罪人であり、またわたしが罪人であるというように、単独者における罪の現実性なのである。よって罪は概念的(一般的)に把握されないもの、けっして思惟(思弁)されないものである」と、キルケゴールは続けています。罪の自覚によって初めて罪は罪となるのであって、いくら法律に縛られて刑務所に放り込まれても、その人間が本当に自分は罪深いという自覚がなかったら、それは罪ではないというのです。キルケゴールの思想は、親鸞聖人とよく似ています。
 私たちは、煮えたぎっている湯に手を突っ込んだら、「あちっ」と瞬間的に引き抜きますが、それは身をもって熱いということを実感したからから手を引き抜くわけで、この熱さに直面している人のことを、キルケゴールは単独者だと言っています。すなわち、私たちが本当に三定死であるのかどうなのか、凡夫であるのかどうなのか、そのことは決して一般論としては語れないのです。そういう意味で言うならば、信心もまた単独者の規定であるということが言えるわけです。
 清沢満之という方は、これを「独立者」と呼んでおられます。「独立者は生死巌頭に立在すべきなり」、と。今、困難を生きているのは、おまえ自身だ。誰かがおまえを救ってくれるのではなくて、おまえの苦難はおまえが担わなくて、ほかの誰が担ってくれるのか、ということです。
 人間が自分の身の上において、「己これ悪魔なり」という自覚のなかで、この悪魔である自分にもかかわらず、弥陀の大悲によって、もともと救われていた自分であったというときに、目からうろこがぽろっと落ちて、世界が全然違って見えてくるのです。
 だから、そういう境地に至るまで、真宗の信心というのは決して一般論として語れません。「真宗の信仰をみんなで持ちましょう。みんなで阿弥陀さまに帰依しましょう」と言葉では言えるのですが、信心獲得の一瞬というのは、一人の凡夫の自覚の上でしか起きないのです。
 ですから、この講座で取り上げている男女の問題というのも、女という自分であり、男という自分が、どうやって信心をいただいていくかということなのです。そういう個別のルートをみんなが通って、決して一般化できない、あなたにしか通じない、まったく個別の事態のなかで信心をいただいていくということが、この仏教の真宗の人間観における平等観であるのです。

日本文化の特殊性
いわゆる普通の生活においては当然のように、女は家の中、男は外で働くとかいうことが言われていて、そのなかで男女平等がいったいどうやって勝ち取れるのかということが、この講座を開く発端の一つでもありました。
 そのことを考えるときに、このキルケゴールや清沢満之の世界の前段として、日本の世の中自体が、独立ということ、単独ということ、そして自分の意志で独立の個人になるという発想が乏しい社会であるということは言えると思います。
 森有正という哲学者は、「日本人はいつも二項関係の社会を生きている」と言っています。「私だ」と言うけれども、この「私」は「あなた」から見た私であって、自分自身が独立の三人称として、「私はこのように生きたい」とか、「このようなことをしたい」とかではなくて、つねに「あなた」の求める役割を演じているというのです。
 子どもに対して、「お母さんはね」と自分のことを言う母親がいます。あなたは子どもにとってはお母さんであっても、あなた自身は何者なのか。子どもにとっての役割や家の中での役割を常に生かされて、そこには第三人称の独立の個人がいないのです。
 二項関係というのはつまり、「私」と言っているけれども、それは「あなた」から見た私なのです。さらにこの「私」は、「あなたに期待されているように動いてしまう私」であって、言い換えれば「あなた任せ」で、私たちはけっこう生きているということです。そういう関係が、日本のなかでは非常に色濃いといえると思います。
 独立した個人の発想が、日本では非常に弱いということが言われています。自分の目でものを見て、自分の耳でものを聞いて、自分のなかで判断するということが、非常に弱い。だからその裏返しで、「個性を大切にしましょう」などと言いますが、アメリカや欧米の社会であれば個性はあってあたりまえであって、個性を大切にするなどということは問題にさえもならないのです。自己主張してあたりまえの世界です。
 もともと生きていること自体が個性の固まりなのだけれども、それを私たちはなかなか出せない。一般化された、世の中の普通の論理のなかで生きてしまう。私たちが自分の考えで生きていないということを、森有正は「経験の非独立性」とか「経験の固定化」あるいは「経験の過去化」と呼んでいます。いつか、どこかで誰かが決めた、例えば「女は家の中」という発想はまさにこれであって、女性は家を守る「家内」だというふうな価値が、日本の文化のなかでできてしまったのです。
 端的に言えば、私たちは自分で考えたことがないのです。たとえば「今、富士山の絵を描いてください」と言ったら、みなさんはどんな絵を描かれますか。私たちのなかには、もう写真になるような富士山のイメージがあるのはないでしょうか。白雲がたなびいていて、サクラでも横から見えていて、上のほうの三分の一ぐらいには白雪に覆われている、あの晴天のなかの富士山のイメージというものを見るわけです。ところが、真夏に富士山を見に行ったって、てっぺんのほうなんかは赤茶けて、もう見られたものではないですし、また雨が降ったら富士山は見えないのです。だけど、それはその日の富士山なわけでしょう。
 ところが私たちは、誰かからすり込まれた、あのきれいな富士山が見えないと残念だと思ったり、今日は悪い日だったと思ったりするのであって、自分の目で見てそのものを判断する力が弱いのです。
 だから、人間を教育するときにも、その子自身からちゃんと聞かずに、「女の子はこう生きなさい」「男の子はこう生きなさい」という、そういうところで判断をしてしまうから、世代によって価値観が違うと、全然そのへんで話がかみ合わないということが起きてしまう。
 それはなぜ起きるかというと、森有正は「そういうふうにして、いつかどこかで誰かが決めた役割の上に乗っかっているほうが楽なんだ」と言うのです。ただし、「そのとき、あなたはあなた自身ではない」と言っています。
 真宗の安心というのは、「私自身になる」という、そこから始まるのです。本当に「己これ悪魔なり」という凡夫の自覚に立つのです。
「もう、おまえ死ぬぞ」と言われたら、「助けて」と言うのが人間でしょう。その「助けて」という声を出さずに、「ああ、人間というものは死ぬものらしい」と、ずっと考えているのがわれわれではないかと思うのです。精神的危機に直面していないのです。自分が生かされていることの背景を真摯に見つめてみたら、「そのままであなたはよろしいか。世間の常識に巻き込まれてしまって、それでよろしいか」ということなのです。
 あなたに代わって信心を得てくれる人はいません。信心を得るというのは、単独者としてそれを求め、そしてそれに照らされていく世界なのです。その信心を得たときには、信心そのものには個性はありませんから、一つの世界に私どもはすくい取られていくのです。そして生きていてよかったという実感に満たされるのです。こんな自分が生きていられるのは誰のおかげか、自分のおかげではない、ご本願のおかげだという、本当にありがたい世界にちゃんと目が開けていくわけです。
 そうすれば、あだやいのちを粗末にせずに、一生しっかりと生き切れるようになります。宮沢賢治は、生き方には二通りあると言っています。自分のいのちをどこまでも大事にして、みんなのために働いていく生き方と、自分のいのちをかけて、みんなのために働いていく生き方とです。生き方にはいろいろありますが、それはそれぞれの個性のなかで生きていけばよいのです。
 カエルを冷たいお鍋の中に入れて徐々に加熱していったら、カエルは知らないままにずっと泳いでいて、最後は煮られて死んでしまうという話があるのですが、それと一緒の日常を過ごしていないでしょうか。熱いときに、本当に「熱い」と瞬間的に手を引き抜く条件反射の力を、みなさん持っているはずです。自分自身を傷付けないように、そういう自動的な装置を私たちはいただいているのです。
人のいのちを生きているのではなくて、賜わりもののいのちを自分自身として生きていったら、そこから本当の意味での主体的な生き方が始まるのではないでしょうか。だから、男女の問題についても、社会的に女性は差別をされているとか、男性は非常に傲慢であるとか、そういうところはいっぱいあるのだけれども、まず現場でそのことに自分の耳を傾けて、先入観抜きでとにかく聞いていくのです。これが真宗の基本です。
 例えば、お寺は本当にこれでいいのすか、このお寺の中では、本当に私にはどんな役割が期待されているのですか、私は何をしていったらいいのですかということを、徹底して聞思するのです。
 聞法ということは、自他に聞くことであります。何を聞くかと言えば、「仏願の生起本末を聞く」のです。なぜ私が生まれてきたのかということを、聞いて確かめるということです。それが聞思、聞法の世界です。私といういのちの摂理を聞き明かすのです。
 「独生・独死・独去・独来」(『真宗聖典』五九頁)と言いますが、みなさんは今日の帰る場所は決まっているでしょう。今日の行き先は、みなさんご存じなのです。そしたら一生終わったときに、みなさんはどこへ行くのですか。一生のゴール・行き先がわからずに、一生を生きて行けますか。それを聞くのです、私はどこにいくの、と。
 「あなた死んだらどうなるの」と聞かれて、「さあ」と言っているのは、この講座が終わったときに、「これから私は、どこへ行けばいいの」と言っているのと同じぐらい間抜けなことなのです。ところが一生の終焉に立つことを想定したときには、一般化されてしまった考えで、「人間なんて、どっちみち死んだらおしまいだ」という、世俗的な人間観にどっぷり漬かりがちなのです。
 蓮如上人は、口を酸っぱくして「後生の一大事」ということをおっしゃいます。これは、「よく自分の一生の行き先がわからずに、おまえは生きていられるなあ」という話なのです。ちゃんと安心して落ち着ける行き先を、生きている間に見つけなさいということなのです。
 徹底して聞思して、仏願の生起本末をいただくことを、信心獲得というのです。ほとけさまの願いが、どうして私たちにかけられているのか、おまえのいのちは、本当に地球と同じぐらい大切ないのちだということを、実感を持って獲得でき、また人にも伝えられるというときに、本当の意味での男女共同参画社会が成立するのです。信心共同体、念仏共同体、本願共同体と称すべき真宗なかでは、常にそういうことについて現状に対して耳を開いていくのです。
聞いているつもりでも本当に聞けていないということが、あまりにも多いと思いませんか。「亭主の言いわけ聞き飽きた。女房の愚痴は聞き飽きた。旅はこころの清涼剤」とかと、旅行会社のコマーシャルに使われてしまうような日常が、私たちの家庭生活のなかにはあります。自分のいのちも人のいのちも、本当に大切にされていない現場があるのです。日常というのは非常に恐ろしいわけで、同じ信心をいただいていくのだけれども、私たちにはやはり錯覚、誤解ということが実に頻繁に起きます。同じ方向を向いているつもりでも、愕然とすることがいっぱいあります。つまり、自分の立場でしかものを見ていませんから、自分の配偶者の立場でものを考えるということが、いかに困難か。

男女
 配偶者の呼び方について、私は「嫁さん」とか「家内」とかはあまり言いません。やはり意識的に職場などの公的なところでは、「配偶者」と言っています。友人などと話すときには、「連れ合い」という言い方をすることが多いです。私はそれが気に入っています。
 英語では非常にいい表現があって、「ベターハーフ」といいます。「最良の伴侶」という意味です。私はこの言葉が、もっとも真宗の人間観にはぴったりする言葉だと思うのです。
人間というのは、ここにいらっしゃる男族と女族に分かれるわけで、それが人類の二大マジョリティーです。男か女としてしか生きられないのが、人間です。だから、「人間として生きています」というのは嘘で、人間のなかの半面しか生きていないのです。
 だから人間成就と言うとき、それはある意味で男性が女性を受け入れ、女性が男性を受け入れということなしには、本当の意味での人間成就というのは起きないのです。
第二次世界大戦のころを考えてみれば、だいたいもう六十歳になれば年寄りといわれました。平均寿命は四十代半ばでしたから、当然のことです。その当時に、「人間になる」ということは考えられなかったと思います。なぜかと言えば、男性は男性の役割、女性は女性の役割を終えた段階、言い換えれば子育てを終えた段階で、だいたいこの世と別れてしまう。人生の前半プラスアルファぐらいのところで、この世と縁をなくされていくケースが圧倒的でした。
ところが今や、人生の後半が非常に大きな位置を占めるようになってきているのです。そのことは、日本の社会が今まで熟慮してこなかった部分だと思います。急激な長寿高齢化社会を迎えて、あたふたしているというのが実際のところです。「来るべき老後」などという言い方をしますが、本当にそれでいいのでしょうか。
 ある聞法されたおばあちゃんが九十五歳まで生きていて、お寺の住職から「もうそこまで生きられたのだから、毎日お迎えが待ち遠しいでしょう」といわれたというのです。それに対して、「いやいや、私この歳になっても、毎日がいろんな新しいことの発見で、本当に今日の一日、明日の一日が来るのが楽しみでしかたがありません」という生き方もあります。それは、やはりそのいのちを全うするまでの真っさらの一日一日を、どこまでもいのちを大切にして、来るべき往生浄土の場面に直面したときに、安心して一生を終えるという生き方です。そのときに、後に続くものに対しては、自分が死に方のモデルになるわけです。

夫婦・家族・地域
 浄土教の真宗の世界というのはやはり念仏成仏ですから、本当に一生を生き切って、凡夫のままの、この悪人のまま生きてきた自分ですら、弥陀の本願に救われて本当に一生を生き切ることができるのだ、おまえたちもこういう世界を生きていってくれよ、というメッセージを残して死ぬことが、私たちの仕事だと思います。現代社会は、そこのところを非常にいい加減にしているということを感じます。
 最後に、私が当惑した事例を一つお話しして、今日は終わりたいと思います。私は今回転勤で、二十六年間勤めた京都の大学を離れて札幌に行くということが昨年決まりました。これは青天のへきれきでありまして、もう死ぬまで勤めあげて、そこにずっといるだろうと、だいたい高をくくっていました。私のところは共働きで、しかも両親と同居をしておりますから、ずっとその生活が続くものだと思って生きてきたわけです。ところが今回、札幌へ行くとなったときに、まず問題になったのは、どういうかたちで私が札幌に行くのかです。そのためには私の願いを理解してもらわなくてはならないので、連れ合いに一所懸命話しました。
 話したけれども、彼女は彼女で自分なりのライフスタイルをある程度想定しているわけです。そこで起きてきた反発は何であったかと言うと、例の「女は内だ」ということです。それまで共働きできましたから、ベターハーフの名のとおり、仕事を半々に分け持ってやっているようなうぬぼれが、私の中にあったのです。彼女の言を借りれば、「あなたがそういうふうにして外に出て行けるのは、休日や毎日の家事を、やはりあたりまえだと思って私がやってきていたからで、今回あなたの願いは大切なことはわかるけど、私はどうなるのか」ということを突き付けられて、私は本当に愕然としました。
 つまり、それまで、もう自分の配偶者は自分の家の中にずっといてくれて、何かことがあれば自分と一緒に動いてくれる、というようなうぬぼれをずっと持っていたわけです。相手のことを本当に聞いていない。相手も相手で自分の一生を、だいたい六十歳定年まで働き上げて、それからあとは自分の楽しみの世界に生きようという、一つのドリームプランを持っているのです。そこに、こんな横やりが入ってくると、本当に情愛的な関係だけでは全然すまない。つまり、その人自身の生きがいの問題まで、私は奪ってしまうことになるのです。それを考えたときに、なんと自分自身が今まで、夫婦のあいだにおいてもうぬぼれてきたことかという思いが起きました。
 もう一つは、「要介護一」の九十三歳の母親と同居しておりますから、転居することによって、その母親の世話をどうやってやるかということが問題になりました。私ども夫婦は考えに考え、本人の意志も聞いて、最後は先に私が札幌に行って、一年後には配偶者も札幌に合流してくれることになったので、先だって一年間札幌の施設で養生するということで落ち着きました。
 ところが地域社会のなかでは、やはり違うわけです。私どもの自宅は農村文化社会に囲まれていますので、やはり周囲の声が聞こえてきます。「なんでお嫁さんが、住み慣れた場所でお年寄りの面倒を一緒に見ないの」という反応が、全体のなかのやはり半分近くありました。
 すなわち、「老人介護は嫁の仕事」という通念が、異常に強いのです。これも愕然とした思いの一つでした。彼らは、自分の身にはたぶんこういう事態は起きないだろうというなかで暮らしておられるから、どこまでいっても「人ごと」なのです。世間の常識では、嫁が老人の介護はしてあたりまえという通念があります。
 みなさんも人ごとだったら、それが言えると思うのです。しかしそこの実情を聞いてみなければ、本当のところはわからないのです。だから、聞くことによって人間自身は非常に若々しくもなれるし、聞いたことによって次の解決策が生まれてくるということがあります。
 自分の身に起きた二つの男女観の衝突というところを、ご紹介させていただきました。結局、ここに立ってもやはり思うのです。自分の連れ合いとこれからどうやって一緒に生きていくか、と。
 ただ、それぞれの具体的な個性を生かしながら生きていく道はいろいろありますけれども、最終的にはゴールは一つなわけです。往生浄土の世界です。その世界に、本当に二人が確信を持って進んで行けるかということのためには、同じ方向を確かめるための聞法生活というのを、これから本当に、またゼロに戻ってしていかなければならないという感じを非常に強く持ちました。

聞法社会
 本願を生きるという信心生活の最後は、死に方のモデルになるということだと思います。あとに続く人間たちに、本当に生きていてよかったし、死は怖くない、と。でも生きているあいだは本当に自分に与えられた仕事や役割を精一杯果たし、いのちを生かし切るという生き方ができていくだろうと思うのです。
 たまたまこの講座は男、女の問題を真宗の人間観に基づいて考えて行こうとするものでした。特に、この教区のなかにある、さまざまな聞法社会のなかでの男女格差がまだ非常に未整備であるし、住職が坊守の、坊守が若院の、当院の稚児さまが若坊守さんのことをちゃんと聞けていない。門徒のことも聞けていない。門徒もまた住職に対して、聞くことに意を尽くしていない。
 独立の個人がなぜ日本で育ちにくいかと言うと、われわれは生まれながらにして、人間のなかに「序列階層」というものをつくった社会に生きているからです。
 アメリカで「あなた」と言ったら、「You」という言葉しかないのです。日本で「あなた」を示す言葉はいくつありますか。「あなた」「おまえ」「貴様」「おのれ」・・・。つまり敬語なのです。敬語の文化というのは、美徳としては長幼序ありの世界を築いていくのだけれども、一方では敬語がある限り、生まれながらにしてその属性によって人間が評価されてしまうという危険を伴うのです。だからお寺の住職などは生まれながらにして敬意を持って呼ばれてしまいやすいわけで、「ご住職さま」になってしまいます。しかしそれは、人間そのものを捉えているのではなくて、役割に対してしか私たちは言っていないのです。だから、人間を見ずして、役割だけが動いていく社会というのが、日本文化の非常にもろい部分でもあります。
 最近は若い子が「タメ口」を利くとかいろいろ言いますが、もともと聞くことなしに、最初から敬語文化のなかで私たちの社会が動いているということに対しては、再考する必要があるようです。言われている方がやはりもう一度、私が敬意を持って呼んでいただける人間に値するかどうか、というところを本当に考えていかないと、対等の関係には決してならないと思います。
 だから、住職も人間なのですから、門徒も人間なのですから、そのときに「あなたはいったい何がしたい人なのか」「私は、このお寺に何を望んでいるのか」、そういうことを本当に語り、聞き合うということを、真宗の同朋社会のなかでやっていく必要があるのです。
 先ほど申しあげましたような、老人介護は嫁の仕事というような習俗社会の常識みたいなものに阻まれて、私たちが自分の道を踏み誤ってしまうような、いのちをおろそかにしてしまうような事態が、非常に蔓延していると思います。
 この三条教区のなかで、みなさん方が本当に性差を越えた、「共にといえる人生」を生きていっていただくためには、それぞれが普遍のいのちを個性的に生きていくために、まず個性のない信心そのものをお寺でいただく、講座でいただく。そのことによって、自分の男、女の価値に目覚める。そういうことが願われるのではないかと。
 そのへんのところを教区のなかでも充分に聞いていただき、語り合っていただいて、さらに実りのある聞法活動をしていただければと思います。
 はなはだ意を尽くしませんけれども、本日のまとめの講義とさせていただきます。
ありがとうございました。

2007年4月15日(日)開催

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