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人間を人間と見ること難し 真城 義麿 師

【前半】

 「書いてみましょう」というプリントに、「私は何々です」というのを20書いてくださいとなっていますけれど、二年前に同じことをやったということですので、今日はそこに「男は何々です」というのを10書いてください。そして残り半分にみなさんのイメージで「女ってどうだ」というのを10書いてみてください。
 連れ合いのことも含めて、男ってこんなんや、女ってこんなんやってですね。多少恨みのこもったことがあっても構いません。時間がかかりそうな人は、あまり男ばかりに執着しないで、途中飛ばして、女はというところに移っていただいて、少なくとも五つぐらいは書いてください。
 それではちょっと手を停めていただいて、今書いたのをもう一度眺めてください。そして今自分の一番近いところにいる男性、女性を一人ずつ見ていただいて、今自分が書いた言葉が、その人に当てはまるかどうかを、ちょっと見ていただきます。その人がわがままな人だとか、心の中までわかりませんけれど、どういう人に見えるか。男ってこんなもんやと思っているのは、隣の男の人に当てはまるのだろうか。あるいは隣にいるあの女性に、その女性と今私が書いたこととが当てはまるんだろうかどうだろうかですね。
 それから、今度は、今「男は」と書いた男のところを全部女というふうに書き換えてもらっても、ひょっとしたらあまり外れてないのかもしれないと、私は勝手に思っていますけれど、いかがですか。例えば「男はわがままです」と書いた人は、男のところを消して女にしたときに、「女はわがままです」と言われると、それもあるなという感じになってきませんか。
 さて今、私はここでちょっと驚きました。あまり書くことが思い付かない人がたくさんいらっしゃる。だとすると、つくられた男像・女像というのがあるという前提で、今この会はやっておるわけですけれど、実際に書いてみようと思うと、私たちは「男って何々なんだ」と、「女とは何々なんだ」というふうに、なんとなく思っているけれども、実際に書いてみろと言われると、どうなのかしらということもあるのではないか。そんなことから始めていきたいと思います。
 私たちはいろんなものを見る。見たものを何々だと判断する。仏教的に言うと、私たちが外の世界のものをちゃんとキャッチして認識することを「五蘊(ごうん)」と言います。五蘊盛苦(ごうんじょうく)という、あの五蘊ですね。色・受・想・行・識。仏教の世界というのは、私たちの日常的なことを、かなりもうすでに説明してあるのです。
 私たちには目とか耳とか感覚器官があります。感覚器官でとらえる対象のもののことを「色」といいます。この目でいえば、私が今チョークを見ているとすれば、このチョークが「色」です。この「受」というのは、それが目の網膜に映った状態が「受」です。これがキャッチされた音でいえば、この音が聞こえて鼓膜が振動しているのが「受」です。「想」というのは、今自分が見たものはチョークだということを判別し認識する。今聞こえたのは誰々の声だなというふうに認識する。それが「想」です。それに対して、チョークだったら思いませんけれども、それが大好きなお菓子だったりすると、食べたいなというふうに心が動いたり、あのチョークは固そうだなというふうに何か思ったりする、そういうのを「行」といいます。そして今、そういうことが私に起こっているということが意識されている。今までのことが全部「識」というところでつながっている。こういうふうにつながるわけです。
 私たちは、見たものが何であるかというのを、ありのままに見るというけれど、なかなか実は正しく見ることができなかったりしています。あるいは、そこのところで私が見たものは何々であるというふうに、私は思うわけですけれど、それは今まで私が知っている知識のなかの、どこかに当てはめて、わかったつもりになったりするわけですね。そしてそれに対して、好きだとか、嫌いだとか、欲しいなとか、嫌だなとかになるんですね。
 これがなかなか実際のところは、わかったようでわかっていなかったりします。あるいは人間を見るときに、人間の何を見て私たちは見たと思うのかということもあります。
 今プリントでやっていただいたのは、男とか、女とかでしましたけれど、もともと「私は何々です」というのを20書いてくださいという話の用紙です。その一番左に括弧が付いているでしょう。それは20個書いてもらったなかで、私にとって一番大切なことを一番というふうに、ベストファイブを選んでもらうということです。そうすると、ここに何を書くか。そして書いたなかで、私にとっては、今、足をけがしているという、そのことが一番大きな問題であれば、当然そこが一番になるのですね。子どものことで悩むということが一番になる人もいるでしょう。そういうことを一遍見直してみましょうかというようなことです。
 そこへ20書いてもらうと、そこに出てくるのは、あまり人間そのものの話ではなくて、人間の属性といいますか、その人が備え持っているさまざまなことですね。私は手先が器用であるとか、背が高いとか、男であるとか、国籍が何であるとか、阪神ファンであるとか、そういうようなことがありますね。私たちは人を見るときに、人間そのものを見るよりも、その属性といいますか、本体そのものでなくその周辺というかを、とりあえず見る癖がありますね。
 今日のレジュメは、このチラシの裏にあります。私たちがものを見たり考えたり悩んだりしたり、認識したりするときには、癖があるといいますか、なかなか、それぞれ流に見てしまうということがあると思います。
 しかもその癖のなかで、一つは、そこにいくつか書きましたけど、二つに分けてどちらかというふうに見る癖がある。だから男か女か、日本人か外国人かとか、酒飲みか下戸かとか、健常者か障害者かとか、未婚者・既婚者とかいろいろ書きましたけれども、二つに分けて、どっちかしらと思う。
そして、例えば相手を、あの人はどういう人だと見るときに、あの人を女だと見たときには、私が男だというところに立っているということが逆にあらわになってくるんですね。こういうふうに、私たちがものを見るときは、見るということで、あるいは見たものを表現するときに、自分がどこに立ってものを見ているかということが、同時に出てくるということですね。そうすると私は人を見るときに、どこに立って、どういうふうに見ているかということも、実はすでに心の中に設定してあるということもあるのですね。
 私たちはまたそこで、得とか損とかそういうものが重なってくるわけです。だから被害者、加害者でいうと、加害者が得をして被害者が損をしているような感覚を持ってしまって、そこからものを考えたり、見たりとなりがちですね。
 そういうことが、ついつい出てしまう。男とか女とかを考えるときにも、そのあたりで私たちがつい見ているということも、知っておく必要があるのではないかなと思います。
 そうしたときに、例えば男のほうが得なんだろうか、女のほうが得なんだろうか。男は加害者なんだろうか、被害者なんだろうか。女は加害者なんだろうか、被害者なんだろうかみたいなところで、二つに分けて、どっちかと考える。自分がこっち側だから、相手は向こう側というように見て、そこから考えようとしてしまう、そういう考える癖みたいなものが、私たちのなかにあるんだなということを思います。
 それでね、私たちは、いや私は、たいてい人の本体よりも属性に目がいく。いってしまうし、そこにやっぱり関心があるんですね。さっきも席を決めるときに、どなたかが「美しい方は前へ」と言うお勧めをされました。そういうのは属性なわけですね。美しいとかいうのは価値判断で、好きとか嫌いとかいうことが加わってきますから、私から見たらこうだけど、ほかの人から見たらというのは出てきますので、なかなか難しい話ではあります。
 それから人間の値打ちというのをどこで見るのかということについても、あの人はこうだから素晴らしいというときに、私たちはついここ(属性)のところで人間の値打ちを見る。そういう癖が付いてしまっているのではないかと思います。

 私がこういうことを思うようになったきっかけは、先ほどご紹介いただいたなかには出てこなかったのですけれども、私は昭和53年から今の大谷高校へ勤めたのですけれども、平成5年3月に一度退職しまして、瀬戸内海の愛媛県と広島県の県境にある私のふるさと、そこにある小さな島へ帰りました。そしてそこのお寺の住職となりました。
 それまで中学生、高校生、あるいはその親御さんたちとお話をさせていただくことが多かったんだけれども、田舎へ帰ってみると、ほとんどそういう人たちとはご縁が少なくなりまして、一挙に世代がぐっと上になってしまって、高齢者の人たちとお話をするようになった。
 そうするとその人たちが一様に、男の人も女の人も、七十代の人も八十代の人も同じことをおっしゃる。そのことに私は衝撃を受けました。それは何かというと、どの人もおっしゃるのは同じことです。「住職さんよ。わしらも若いころは元気でよかったが、こうやって歳を取ったらつまらんようになりましたわい」と、こうおっしゃるわけですね。
 「そう言いなさんな。75年かかってやっと手に入った75じゃから、喜ばにゃ」と言うと、「いや、そうかもしれんが、情けないこっちゃ、つまらんようになった」。本気で思っておられるかどうかはわかりませんが、都会から帰ってきた知的な若者(私のこと)に対しては、言わなければならないというプレッシャーがかかっているのは間違いない。つまり、社会がそう言わせている。そういう空気がある。
 考えてみたら変な話ですね。長生きできたというのは、人類始まって以来の夢がかなったのですから。人類始まって以来、不老長寿というのは夢なんです。歴代の中国皇帝がどれほどの財産を傾けてもなかなか手に入らなかったものが、今手に入っているんです。しかも私のところの村なんていうのは、私が島へ帰った平成5年の段階で、全国に三千二百ほどある市町村のなかで、人口に占める高齢者の比率が二番目なんです。二番目と言ったら準優勝ですよ。銀メダル。
 日本の高齢者というのは65歳以上の人を言いますけれども、その頃の全国平均としては14パーセントぐらいでしょう。その段階でうちの村は44パーセントくらいでした。今は5,60パーセントくらいですけれどね。
 ある意味すごいことで、素晴らしいことです。それを知って私はすぐ村長に、高齢者村サミットをやりましょうと言いました。それから厚生省に申請して、高齢者村のモデル地区に指定してもらって、歳を取ったって何も怖くないよ、高齢化社会というのは素晴らしい社会だよということを全世界に訴えようと言ったのですけれどもね、相手にしてくれません。行政の人がここにおられるかは知りませんが、行政から見ると、若いことが価値なんです。産業がにぎわっていることが価値なんです。続々と工事がおこなわれて、建設されていくのが価値なんです。
 話は横へずれますけれども、私は田舎へ帰ったすぐの年から教育委員というのをやりました。そして帰ってすぐに、小学校の建て替え計画が進められていました。私は教育委員ですけれど、一人で大反対をしたわけです。結局建て替えになったのですが、木造校舎を壊して鉄筋の建物に建て替えるという。昔からの木造校舎というのは、この島から出ていった人たちにとっては、ふるさとのシンボルなんだから、これがなくなったら寂しい、だから残そうというんですけれども、行政の人たちは、鉄筋の立派なのが建つということのほうが素晴らしいという価値観から出られないんですね。どこが悪いか、まったくおまえ(私)のことが理解できないと。
 そういうことならしようがないから、「私は坊さんですから、この木造校舎の葬式をさせてください」と言って、村長と教育長に頼んだ。「葬式」というのは名前が悪いということで、結局は「木造校舎のお別れ会」というのをやりました。たくさんの人たちに戻ってきてもらって、懐かしい先生方のトークショウとか、校舎の板や柱を組んで校庭でキャンプファイヤーをして、何十年ぶりかにフォークダンスを踊ったりしてね。なかなか楽しかったです。とにかく全部建て替えて、現在は一階が小学校、二階が中学校のピンク色の校舎になりました。
 その当時、もう村の子供は激減していました。私の小学校、中学校の生徒のとき同級生が55人でした。私たちは少ない学年で、平均60人くらいでした。多い学年は80人ぐらい。小学校全校で360人くらいでした。それが私が平成5年に帰ったときは、小学校全部合わせても40人ぐらいでした。昔の一学年ですね。昨年なんか11人ですよ。一年生から六年生まで全部合わせても「二十四の瞳」にもいかない。ちょっと話が横へずれましたが。
 さて、そのお年寄りたちが、自分が歳を取ったということを、「つまらんようになった」と言っているのは、どういうことからきているのだろうか。ということを考えずにはおられませんでした。そのとき私は、その方々が長生きできてよかったなと、単純に素朴に言えるような地域の空気にしたいなと、なったらいいなと思って、いろんなボランティア運動みたいなことをやったんです。
 そして「人の世話になる練習をする会」というのをつくりました。世話をするんじゃない。世話をしてもらう。それは実は大変なことですよ。自分の弱さを認めて、その弱さを開くわけですから。私は弱いということを他の人にも公開するわけですからね。勇気がいることです。だけどやろうということで、いろんなことをやるわけです。
 それは島へ帰ってみて、本当にショックを受けたから気づくことですけれども、学校というところは、今私がいる大谷中・高等学校と限定して考えましても、若い健常者の集まりなんです。これは非常にいびつなんです。特別な世界です。島へ帰ってみると、老病死、老病死、老病死。そういうのが身近ななかでの生活です。そうすると人間の見え方というのは、まったく違って見えてくる。
 先ほど平等という話が出ましたけれども、私は島へ帰ってしばらくのあいだに、平等ということを完全に考え間違いをしていたなということを、村の人たちから教わりました。私は平等というのは、みんながしっかり学んで、頑張って、努力をして、譲り合って、努力をして平等な世界をつくりあげなければならない。実現しなければならない。そういうふうに思っておりました。大間違いです。
 人間は完全に平等に生まれて、平等に生きているのを、私たちが、私の思いとか、都合とか、好きとか、嫌いとか、さまざまな価値観とか、そういうもので差別の世界にしていたんだなということを考えさせられました。
 何が平等なのかということですね。今まで伸び盛りの若い連中のところにいたときには思いも付きませんでしたけれども、こうやって老病死、老病死、老病死のところに身を置いてみると、何が平等かということですね。それは、人間は弱いもの同士というところで平等だったんだなということに目を開かせられました。
 強いだけの人はどこにもいない。できるだけの人はどこにもいない。完璧な人などどこにもいない。みなできることとできないことと、両方併せ持った者同士だったんだということですね。その組み合わせがいろいろと違います。だから、できることは惜しまずやらせてもらう。できないことはできないのだから、遠慮せずに手伝ってもらおう。だけどなかなか手伝ってもらうというのは、先ほど言いましたように勇気のいることですし、なかなか自分の弱さを他人と共有するということは普通はできにくい。できにくいから、そこはいろいろとルールというか、約束ごとをつくって、遊び感覚でやっていくわけです。その話をしているとキリがないので、今日はしません。
 私たちはどうしても、強いこと、お金があること、優れていること、健康であること、という方に価値を見る癖が付いていますから、平等というのはその方向の先に平等を実現しないといけないということを思っていたわけです。しかし実際にちょっとふり返って見ると、弱い者同士、あるいはできることとできないことを併せ持っている者同士ですね。
 私がその村でやっていたボランティアグループは、その後「グループだんだん」という名前になりました。「だんだん」とは、「重ね重ね(ありがとう)」という意味の方言です。村のほうでも高齢者福祉については公的なことではとても追いつかないので、なんとか民間のパワーでできないかというのを探っていたときで、社会福祉協議会とうまく重なって始まったわけです。
 そのボランティアグループに入ってもらうときに、二枚の紙に書いてもらう。一枚の紙には、「あなたのできることを書きあげてください」。「つまらなんようになった」と言うけど、お年寄りに聞き書きをすると、できることは山のようにあるんです。
 単純なことまでいっぱい書きます。そういうのをわざとやるんですけれどもね。早起きができますか、得意です。時計が読めますか。電話がかけられますか。これだけ三つできたら、うちの村ではモーニングコールサービス係というのができるんです。それで世話役というかコーディネーターがあいだに入って、明日の朝5時に起きて子どもの弁当をつくらないといけないというお母さんは、一応約束ごとで、目覚時計で起きても良いのですが、コーディネーターに頼んで、お年寄りに電話をかけてもらって起きるという、約束ごとがあります。
 そうするとコーディネーターが、ある年寄りに電話をするわけです。「もしもし、おばさん。わしやけど、あしたひとつ頼みがあるんだけれど、聞いてもらえるか」と。こう言って聞くと、「なんや、言ってみい」というようなもんです。「あんた、どこそこの誰々知っとるかい」こういうと、「知っとる、知っとる。誰やらの嫁じゃろ。顔ぐらいわかるぞ」。わかりますね。「あんた、悪いけどあしたの朝5時にそこへ電話かけて起こしてあげて欲しいんだけど、頼めるか」。「なんでもないことや。電話番号早う言え」てなもんです。「言うぞ、何々の何番ね。あしたの朝5時やで。ちゃんと起こしてや」。するとそのおばあさん、そのままあしたの朝4時半から電話の前で待っておる。5時になったらぱっと電話をかけて、「もしもし朝よ、起きて」ね。
 そうすると思いもかけないようなことが起こる。何かというと、その二人、30歳代の若い女性と75歳のおばちゃんと、道で会ってもあいさつぐらいはする。顔ぐらいは知っている。だけど30歳代と70歳代は何も共通の話題がないんですから、話なんて、詳しい話はしたことがない。
 ところがそんな電話のちょっとしたことがきっかけで、話がはじまるんです。そんな電話一回で。二回三回やったら絶対間違いなし。たいがいはおばあちゃんの方から話しかけます。道を歩いていてね。言っては悪いけど、若い方は忘れたりしているんですよ。おばちゃんの方から目ざとく見つけてね、「あんたでしょう。このあいだ私が起こしてあげたのは」とこう言いたくなるわけです。「そうそう、あのときは本当にありがとうございました。助かりました」こうなるでしょう。そうすると「世話役なんか通さんでいいから、直接言ってくれたら、いつでも起こしてあげるからな。電話でなしに行って起こしてあげてもいいよ」。
 そうすると不思議なもので、そのおばさんは島へ嫁に来てね、五十年間誰にもしゃべれなかったようなことを、初めてしゃべる若い嫁さんに打ち明けたりするようなことが始まるのです。面白いもんですね、人間てね。「あのな、わしゃ誰にも言うとらんけど、本当はバツイチや」てなことがはじまっていく。
 そこで何がわかるかというと、私たちは過疎地という、過疎になるということを恐れますけれども、過疎というのは人間が減ることじゃなかったということですね。コミュニケーションが疎遠になっていくことですね。言葉の掛け合い、挨拶の交わし合い、こころの配り合い、気の遣い合い、そういうものが疎遠になっていくことが過疎ということだったんだなというようなことを教わっていきます。
 そこがしっかりしていれば、人口が少々減ったって、貧しくならない。豊かなまま、踏ん張っていくんですね。そういうふうになるんです。そんなようなことであります。
 私たちが特に、戦後、経済成長というところに日本中全員が身を置いた。そうすると進歩発展ということが素晴らしいことで、新しくなることが素晴らしいことで、お金が増えること、モノが増えること、さまざままことが便利になること、それが人間を幸せにする豊かなことなんだなということが、もう、抗しがたく入り込んでいるわけですね。そんなことからしたら、いろんなものが見えなくなる。
 それで元へ戻りますけれど、「つまらないようになった」というのは、何がつまらないようになったのかといえば、機能が衰えたわけです。私たちは、この機能が人間の価値を決めるというふうに思い込んでいますから。そうすると機能が衰えていって、目が薄くなった。耳が遠くなった。耳が遠くなったかなと思うと、おしっこが近くなったりして、何か情けないことになっていく。
 人間を機能というところで見ていったときの人間の呼び方を、「人材」と言います。人材というのは機能こそが勝負ですね。会社の経営者からすると、会社に貢献できる素晴らしい機能を持っている人は、いい人材。「あんたの会計処理能力は大したもんや。あんたがおらんかったら、うちの会社は回っていかんわ」という会社のなかのいい人材が、家へ帰って奥さんから見て、いい人材とは限らないですよね。
 昔、「粗大ごみ」という言葉がはやりましたですね。「粗大ごみ 朝に出しても夜帰る」。奥さんからしたらそんな感じですね。女の子がつくった川柳で、ランキングという川柳があります。私の家のなかの家族の力関係ですね、ランキング。「ランキング 母・子・犬・猫・父・金魚」という。妻にバカにされ、娘にバカにされ、犬にバカにされ、猫にバカにされ、金魚にだけ威張っているお父さん。そんな人が、会社では優れた人材なわけですよ。
 私たちは人を見るときに、会社の経営者の都合に合えば、会社にとってはいい人材、家族の目から見て、家族に都合がよければ、家族から見たらいい人材。そこの地域のなかで、よくいろんなことを骨折ってくれれば、その地域の都合という目で見れば、いい人材。一人の人が、見る人の都合によって価値が一定しない。ころころ変わっていくと。
 私たちは人を見るときに、やっぱりそう見てしまう。気が付かずに、私の都合というところで、あの人はいい人だ、あの人はダメと、こう見ている。機能は衰えていきますし、たまたま障害のある状態で生まれてき、あるいは途中から障害を負うということだっていくらでもある。それは単に機能だけの問題です。しかも機能というのは、私が期待する機能です。私の期待する機能に応えてくれなかったら、私から見たら価値の低い人材と見えてしまうわけです。
 だけどそんなことはない。人間としての値打ちというものは、歳を取ろうが、認知症になろうが、どこがどうなろうが、その人の尊厳が損なわれるものではないのです。人間の尊さはですね。それは仏教のものの見方です。仏様のものの見方です。どうなっても尊い、今ここに集まってこられた方々の中に、尊くない人は一人もいらっしゃらない。今日来られた人だけが尊いというわけでもない。遊びに行った人も尊い。尊いもの同士であって、私の都合に合わなくなったかもしれないが、必要な意味のある人であるというのが、仏教の人間観ですね。
 だけど私たちは、自分の都合という目で見たときに、都合に合えばいい人材と思い、合わなければ悪い人材。そう見る癖が付いてしまっている。そしてそれが一般的な、どこにも通用するものの見方だというふうに、また勘違いもしていく。そんなことになっていくんじゃないか。
 これは変な言い方に聞こえるかもしれませんが、「プラス思考」というようなことが災いしているんですね。プラス思考が今ほとんどでしょう。つまりプラスに価値があって、マイナスに見えるものには価値がないというものの見方、考え方ですね。仏教、真宗のものの見方はマイナスのものなどどこにも存在しないというのが、仏教のものの見方なんです。まずプラス・マイナスと二つに分けない。
 仏様から捨てられる人はどこにも一人もいない。そんな、機能がどうであろうが、どれぐらい財産を持っておるだとか、肩書きがどうだ、そんなことは仏さまから見たら、何の関係もない。
 私は今学校へ勤めていますけれど、学校なんてところは、世間からは、機能をどうレベルアップするかというのが仕事だと思われているわけです。今はやりの言葉で言えば「付加価値」ですね。付加価値というのは、そこに付いた属性ですね。これによっていい就職ができる。いい就職というのは、私にとって都合のいい就職ということですけれどもね。いい人生、このいい人生というのは、私にとって都合のいい人生。こういうことにつながっていくというふうに、みんな思っている。
 だからこそ、機能が衰えた途端に、もう私なんか生きている意味がない。価値が下がったというふうに思う。そういうふうになっていきます。人材として活躍することは、とても素晴らしいことです。ものすごく素晴らしいことです。だけれども、それ以前に人間としての尊い存在であるということですね。自分もだし、まわりのどの人もだというところに、私たちはもう一回ちゃんと身を置き直しをしないといけないですね。人材としての価値が下がっても、人間としての尊さはいささかも損なわれない。
 娑婆というか世間のものの見方というのは、勝ちと負けだったら勝ちのほうに値打ちがある。優と劣だったら、優のほうに値打ちがある。成功と失敗だったら、成功のほうに値打ちがあり、得と損なら、得のほうに価値がある。
 だから日本では、なかなか布施の文化というものがうまくいかないですね。手に入れるのが得で出したら損や。本当は「布施できる幸せ」というものがあるわけですよ。お金が手に入る幸せと、それがまた出すことで有効に使われていく幸せというのがあると思いますけどね。しかし世間は、どうしてもそういう価値付けをするわけですよ。
 例えばみなさんが今からもう一回、初めての人もいると思いますけれども、結婚するとして、結婚相手に何を望むかということですね。昔、三高とか言って、三つの「高」。高学歴、高収入、高身長。結婚相手はそういう人が価値が高い。もう少し昔になると、「家付き、カー付き、ババア抜き」とかいうのが出てくるね。
 そうやって、私たちは価値付けをするわけです。人間の価値付けをする。その価値付けはいつも、私の都合というところからの価値付けですね。男と女ということについても、そういうところでの歴史があります。
 私たちは他人と自分というものを見るときに、一つの枠をつくりたいのです。そのなかで位置関係というものをちゃんと持っておきたい。相手と自分との位置関係のなかで、できるだけ自分の位置が有利になるようにものを見たいわけですね。百パーセント全面的に敗北はしたくない。どこかでは勝ちたい。だからその位置関係というものを、どこかで持っておきたい。というようなことがあってですね、私の都合から価値を重ねてものを見る癖がついているということを、どこかでしっかりと自覚しておかないといけないということですね。
 それから私たちの、ものの見方、ものの考え方の癖ということでいくつか申しあげますと、一つか二つの例しか見ていないのに、本当のことはよく知らないのに、一般論のように語る癖がある。ありませんか。「みんな何とかや」と言っていて、「みんなとは何と何」と聞いたら、あれとあれや。
 「男なんていうもんは大体こんなもんや」とか言う根拠になっているのは、あの人とあの人だとかね。それも言われてみれば、恥ずかしいけれど、やっぱりとかね。あるいは、誰かが何か言っているのをちょっと聞きかじって、よくも考えもしないまま、そのことを他人に広め伝えていくことによって、ややこしいことが、どんどんややこしくなっていくということがいくらでもあります。今、笑われた方は身に覚えがあるかも。そんなようなことであります。
 私らだって、例えば校長先生の立場というのは、そういう誤解は受けまくりですからね。「あんた、いつやらどこやらにいたでしょう」。「会うた」って僕に言うんですよ。俺がこの目で見たんやから、絶対間違いないとか言ってですね。わかりますよね。私がこの目で見たんだから間違いがないと、こう言うけれどね。
 ちょっと実演をしましょうか。ある大学の医学部で、医学博士の教授が医学生相手に授業をしているわけですね。そんななかで、この先生は医学部の学生たちに、その日は糖尿病の授業でした。「きみたちは患者の尿を検査機にかけて、濃度がどうだとか、尿酸値がどうだとか、そういう数字を見てデータで判断をするだろう。昔はそんなことなかった。昔のお医者さんは患者の尿を、自ら指を突っ込んで、それをなめ、そしてこの人は以前よりも糖尿が軽くなったとか、重くなったとか、そうやって判断をしたもんだ。」
 「医者になろうというものは、そのぐらいの勇気がなかったらいかん。今日は諸君のために今、とれとれの尿がある。糖尿病の患者の人からもらってきたのを、特別に持ってきた。全員に今私がしたのと同じことをやってもらう。これをやらなかったものには単位をやらない。私の単位がなかったら医者にはなれませんよ。医者は勇気が必要だ。いいか。しかも尿というものは採取したすぐはきれい。時間が経つとだんだん酸化していって毒になる。早いほうがいいぞ。」
 そうすると学生たちね、単位をもらえなかったらしようがないなと思って、しぶしぶ先生のとこへ行って、指を突っ込んでなめるわけです。先生が最後に、「全員なめたか、医者になろうというものは勇気も必要だけれども、正しく観察する力が必要です。きみたちに正しい観察する力があるならば、私が突っ込んだ指が人差し指で、なめた指は中指だということに気が付いていかなければならん。」
 今現に、みなさんの前でも、私は人差し指をこのコップに突っ込んで、中指をなめたんですよ。気がつきましたか。私たちは人差し指を突っ込んだら、人差し指をなめたもんだと思い込むわけです。正しく見るなんて、本当に難しいことですね。
 この私がこの目で見たんだから、私はこの耳で聞いたんだからというようなことも、なかなか私たちが見たつもり、聞いたつもり、色・受・想・行・識の受・想のところだって怪しいんです。そのようなことがあるということです。
 私が得た気付き、私が得た認識が正しいとは限らないということは、私たちは自覚しておかないといけない。それと、時代の空気とか流れとかいうものに、ものすごく影響を受けるんです、われわれは。
 よく「仏典のなかに、こういう差別的表現があるじゃないか」ということが言われますね。そのお聖教の作者が、今この時代に書いたとすれば、そんな表現が出るはずがない。そのようなことはいくらもあります。
 なかなか私たちは、本当に思い込んでいるということがたくさんあって、男と女ということで言っても、欧米、ヨーロッパ、キリスト教文化圏では基本的に、人間といったら男のことです。もともとね。アダムが人間になった。イブはアダムのために用意されたにすぎないというのが基本的な感覚です。だから人間をあらわすのはマンということです。女性はこれに加工したウーマンということになるんですね。
 そこのところは文化的にも、歴史的にも随分いろんなことがありまして、出産に対するものの見方、考え方も、日本も含めたアジア圏の妊娠・出産に対するものの考え方、見方と、キリスト教文化圏のなかでは、そういうことがまったく違います。そこのところは、どこかでもうちょっと知っておかなければならないし、私たちがもともと持っている男性であることの意味、女性であることの意味を積極的な部分で再認識しなくてはなりませんね。女性の、妊娠の喜び、出産の喜び、手応え、そのことによって学び、気付き、目覚める部分とか、男なんてどこまでいったって、そういうことにも、学びなんてできない。
 三砂ちづるさんでしたか、そういう世界の出産を研究している人がいて、男が20年滝に打たれて修行するよりも、女性が一人の子どもを妊娠して生み育てる方がはるかに人間が深くなっていくというようなことがありますけれども、どうも私たちのものの見方、考え方が、どこに立つかによって、そういうことをちゃんと見ることができなくなってしまう。今とても自分が素晴らしい状態にあるにもかかわらず、そのことの素晴らしさを見損なってしまうということもあるかもしれないということですね。
 取りあえず最初の講義のところでは、真宗の人間観と言いますか、浄土の人間観と言うんですか、そういうことも少し触れておかなければならないと思いますが、もうちょっと次の話をしておこうかと思いますね。
 私たちはものを正しく見るということが、なかなかできにくいということは言いましたけれども、すり替えるということも結構あるわけです。私は本当はそうは思ってないんだけれども、みんながそう思って、そうだと言うから、そこに乗っからざるを得ないというんですかね。喫茶店に大勢で行って、みんながコーヒーを頼んだときに一人だけ紅茶を頼むのだって、相当勇気がいるぐらいですからね。みんなが「そば」、「そば」、「そば」という。「私はうどん」となかなか言いにくい。
 これも、ひんしゅくを買うかもしれません話をしますので、先にまじめな本の話をしておきます。今から十何年前ですかね、『人間を幸福にしない日本というシステム』(新潮OH!文庫/カレル・ヴァン・ウォルフレン著)という本が出ているんです。これは経済学者が書いた本です。
 そこにはどういうことが書いてあるかというと、日本では改革とか、これはやめようとか、そういう議論が盛んだけれども、日本という国に変化や改革を期待しても無駄だと言うことが書いてあるのです。それはなぜかというと、一人一人に話を聞くと、これは変えないといけないね。こんなものはもう必要がないからやめないといけないね。これは中止するべきだね。こういうことを新しくやるべきだねということは、一人一人に聞いたら、それぞれがちゃんと言うようなことです。では、なぜあなたはやめないのかというと、みんながやっているから仕方がないと言うのですね。
 つまり、「自分がどんなに思っていても、みんなが違うときにはできない」というものの考え方というか、思い方を、日本人は隅々までしているから、一人一人は、これを変えないといけないという問題意識を持っていて、でもみんなが変わらないから、仕方なくやっぱりやっておかないということになる。
 これは海外では有名なタイタニックのジョークという話です。20世紀前半の豪華客船のタイタニック号の話です。
 あれができて世界中のセレブや王侯貴族が招待されて、日本からもかなり行ったでしょう。細野晴臣さんという音楽家がいるでしょう。あの人のおじいさんもタイタニック号の生き残りです。世界中から招待客が来て、超豪華客船タイタニック号は処女航海に出るわけです。その当時の世界最大、世界最速の船です。ということは、そんな大きな船を、早い速度で操舵した船長はどこにもいないということです。
 最初船長は慣らし運転だから、ボチボチ走らせてくださいと言うんだけれども、オーナーは招待客の度肝を抜かないといけないんで、早く走れ、全速力で走れ。いいからやれと命令するわけですね。それでタイタニック号は最初からガンガン飛ばすわけです。
 そうしたときに、ある朝未明に見張りのものが氷山を見つけるわけですね。すぐさま船長を起こして、船長は見るのですね。早速にエンジンをとめて逆回転をさせて、かじを切るわけです。だけども、どのぐらいで回れるかという、そのスピードと距離感というものは誰にもない。結局タイタニック号は航海に出てしばらくのあいだのところで氷山にぶつかって、浸水してしまうわけですね。
 これも少々浸水しても沈まないように設計していたはずなのに、あれよあれよという間にひどい浸水になっていく。これまた見栄の塊ですから、人数分の救命ボートなんか積んでないわけです。足りないんです。それでいよいよ間違いなく沈むぞというときに、船長さんは船員を集めて指令を出すわけです。この船は残念ながら今から間違いなく沈む。だから乗客を救命ボートに乗せて安全に確保しなさい。ただし全員が乗れないから、今から言う順番に乗せなさいと言うわけですね。まず第一優先は子ども、第二優先は女性、そしてもし余裕があれば、運がよかった男性も乗せてよろしい。こういうことで、「はい行きなさい」と、行くわけですね。
 ところが世界中から来ているわけですね。国ごとに横着な人というか、あつかましい男たちがボートに乗って、早くおろせ、おろせと待っているわけです。船員たちは男どもが乗っているのを降りてもらって、女性や子どもに乗せ替えないといけない。どう言って乗せ替えるかという話です。
 それでまずイギリス人が乗っている船に行って、「あなた方はジェントルマンではなかったのですか」、こう言うと、ジェントルマンはレディーファーストですから、わかったと言って降りて、女性を乗せます。ドイツの人たちが集まっているボートのところへ行って、「男性が降りるのはルールになっております」。ドイツ人はルール、ルールですから、ルールならしかたがない。男性が降りるのですね。アメリカ人のボートはどうするかですね。「きみたちはヒーローになりたくないのかい」。こう言うと、アメリカ人はヒーローに弱いですからね、降りる。そうするとさっき言ったように日本人もけっこう乗っていますよね。じゃ日本人のボートに何て言うか。簡単です。「みんな降りましたよ」と言えば、みな降りた。
 これだけのことを言うだけで、長い長い小話になって申しわけないですけれど。「みんな」というのにどのぐらい弱いかということです。みなさんも、お子さんやお孫さんから「みんな持っている、僕だけ持ってない」と言われると、「では、買うてやろうか」となる。
 みなさんが配偶者にものをねだるときも、そうでしょう。「共にといえる人生講座に行ったけれど、恥ずかしかった。みんなすごい服を着て来られてて、私だけや。お父さんデパートへ行こう」。そういうものに、ものすごく引きずられるんだということですね。そういう時代状況、風潮というものが、私が自分で考えて、自分で見て、自分で判断したつもりのことが、実は違うというか、させられているんですね。
 差別の問題の一つのやっかいなことは、そういうところにありまして、差別、被差別とこういうふうに言われるのですね。差別者、被差別者と言われるけれども、差別者だと思っている、あるいは思われている人が、差別するようにし向けられたシステムというものが、その前にあるわけです。つまり、差別するようにし向けられているという差別を受けているということはあるんです。だから差別者、被差別者と単純に分けられないということが、いくらもあります。
 男女の問題でもそういうところがあるし、さまざまな差別のところに、そういうことがあるんですね。私たちがあたりまえのように二つに分けて考えるだけでなしに、もう少し違う見方や考え方もあるのではないかなと、そういうところでありますね。
 ただし、やっぱり差別、被差別というのは現にありますから、理屈がどうのとか、なんとかかんとか、見方がどうとかよりも、「私はあんたに足を踏まれて痛いんだから、その足どけて」というようなことが、いっぱいあるということです。あんたが私の上の足をどけてくれんことには話が始まらんと。これがスタートライン。
 現に誰かがつらい目に遭い、誰かが嫌な思いをし、苦しんでおるのであれば、それが何によってそうなっておるのであるかということをはっきり言っているのであれば、直ちにその原因は除去されなければならぬということですね。それを今私が言っていたみたいに、ものの言い方がどうやら、こうやらとか理屈を百万言、こうしているあいだも痛いんです。そういうことですね。
 ただ私たちはなかなか、世の中が豊かになればなるほど、ある意味鈍感になっていくんですよ。痛みとか人のつらさとかいうことに対して、残念ながら鈍感になってくるんですね。そのことも気を付けなければならないなと思いますし、一方で鈍感になるうえに、もう一方では、マルタ・カルバリ=ウェストンは「人は都合の悪い情報に出会うと否定してかかる。たとえ理解できたとしても、無意識のうちになるべく考えないようにする。環境についての悪いニュースで危機感を煽ってもうまく行かない。これは元々生存のためのメカニズムで、不安からパニックに陥ってしまわない役割を果たしている」という主張を立てます。
 人間は豊かになると、人の悪いところばかりが目に付くようになる。貧しいあいだは人のいいところを見つけて、お互いに支え合い、助け合おうと動くのだけれども、自分が豊かになって安定感があって衣食住に困らなくなると、自分の周囲の人の悪いところばかり目に付くようになる。そう言われてみたら、そういうところがありますね。
 仏法の教えは「縁起」というところに立つんですが、縁起というのは、あらゆるものがみんな関係し合っているということです。それそのもののみで成り立つものは、何一つ世の中には存在しない。あらゆるものはお互いに支え合い、補い合い、関係し合うということで成り立っているし、私も何かを支えているんですよ。どんな状態になってもこの私は何かを支えたり、誰かを助けているのですよ。それが縁起ということです。関係性のなかで生きているということです。私が気持ちよくなりたかったら、私は気持ちよく生きていきたかったら、私と他者との関係が気持ちよくならないと、私たちは気持ちよく生きていけないんです。
 仏教でいう、この世は「縁起の道理」で成り立っているというのは、そういうことです。ほかの人が嫌な思いをしておるなかで、私だけがどれだけ恵まれたって、本当の気持ちよさにつながらない。大金持ちになって、お城のような家に住んで、何の不自由もなく暮らしていたって、まわり中の人から恨まれ、妬まれ、嫌われしとったら、楽しくもなんともないじゃないですか。
 朝起きて家の前をお掃除しておったら、通学していく子どもが「おばちゃん。このあいだからちょっと姿が見えなかったけど、どうしたん」と声をかけてくれる。「ありがとうね。このあいだからちょっと風邪を引いてね、熱が出て寝込んどったんよ。まだ咳が残っているけどね。熱が下がったから、こうして出てこれるようになった。声をかけてくれてありがとうね」「おばちゃん、元気にしてね」、そんなようなもんです。そんなところに身があるということが、とても幸せなことですね。
 私たちは関係性、関係性と言っておるけれども、どうしても「私が」というところが、いつも自我中心になっている。ともに気持ちよくならないと、私も気持ちよくなれないんだけれども、だけどそうならずに自分中心。
 「人間」というのはとてもよくできた言葉だと思います。ありとあらゆる動物の名前を思い浮かべていただけたらわかりますけれども、牛でも馬でも猫でも犬でも鳥でも猿でも、その動物を表す言葉だけあればいい。だから「人(にん)」だけでいいのに、なぜ私たちだけ「間(げん)」という字が下に付くんだということですね。しかも「間人」ではなくて、「人間」ですね。この「間」は関係性とか、つながりということです。この関係性とかつながりということに安心して、はじめてこの私というものが安心して生きていける。私が私になれる。だけどここをちょん切ってというところがあるんですね。
 もう8年、9年前だと思いますけれども、私が勤めております大谷中学校の生徒が京都駅で、知能に障害をもった大人の方とトラブルになったことがあります。うちの生徒は、その人がそういう方だということは知らずに普通に対応して、向こうの人にひどい言葉を言われたとか、頭をたたかれたとかいうことでトラブルになったことがあるんです。
 そのときに私たちは、そういう方々のことを少し勉強しようということで、滋賀県の今は東近江市に止揚学園という重度の知能障害者たちの施設があって、それは今から四十年余り前に福井達雨という先生が自ら建てられました。その福井先生に来ていただいて、みんなで勉強会をしようということで、生徒も先生も一緒になって勉強会をしたことがあります。
 そのとき、控え室で雑談していたときに、福井先生がこうおっしゃるんです。「校長先生、このごろ人間が少なくなって、人ばかりになりましたよね」とおっしゃるんです。それも含めて、そのときの福井先生のお話はなかなか衝撃的なこともあってよく覚えています。例えば檀上に立たれて、さあこれから話をしようというときにね、四百人ぐらい生徒がいて、十人ほどがね、私語をしているんです。自分たちだけでおしゃべりしている。そうしたら福井先生がね、その十人に向かって「きみたちは今いじめをしているということがわかるかい。きみたちが複数の人数でやっていることが、一人の私を困らせている。私はきみたちがしゃべっているので困っている。それはいじめだぞ」と、おっしゃったんです。それからうちの中学生は講堂では本当に静かになってきました。そんなことも含めてですけれど。
 私たちが思ってもいない、それがいじめなんてことは考えたこともないことだけど、私が勝手に動いていることで困る人が出るならば、その人を困らせていることに気が付かないといけませんね。 われわれは、ときと場所と人をともにして生きています。昔「三間(さんかん)喪失」という言葉が言われたことがあります。これは何かというと、「空間と時間と仲間」ですね。
 今、子どもたちにとって安心できる空間がない。安心できる時間がない。安心できる仲間がいない。これを三間喪失と言う。僕は仲間という言葉はあまり好きじゃないので、勝手にここを「人間(じんかん)」と替えてしゃべっています。なぜかというと、仲間というのはどこかに線を引いて、ここからこっち側は仲間、ここから向側は仲間以外と、こういうことになる心配もあります。仲間の結束が強くなればなるほど、入れなくなったり、結束からはじき出される人が出るんですよ。本当に。「仲間意識が仲間はずれをつくる」ということは、やっぱりあるんですね。ですから僕は仲間という言葉には気を付けよと言っているんです。
 この人といるとホッとできるというね、ここにいれば、力むことも、構えることも、守ることもいらない。そういう時間とか空間とか人間とかいうことが失われているということですね。
 先ほどみなさんとともに唱和しました『三帰依文』の真ん中のところで、「自ら仏に帰依したてまつる」のところですね。もとのパーリ語では「ブッダン・サラナン・ガッチャーミ」といいます。あの真ん中に出てくる「サラナ」ですね、「帰依処」と訳します。これはパーリ語という、お釈迦さまの時代のマガダ国の言葉です。
 これをパーリ語を英語に翻訳する『パーリ・イングリッシュ』という辞書で引いてみると、いくつかある訳語の中に「シェルター」という訳語があります。つまり「私は仏様をシェルターとして生きていく」と。シェルターというのはそこへ行けば自分を守ることもいらない、構えることもいらない、演技することもいらない、ありのままで、私のままでいても大丈夫、心配ない。大きな安心に包まれている。私は仏様と共に安心して生きることを表明する。私は安心してその教えと共に生きていきます。それをともにする人たちと、共に生きるときに私は絶対の安心感のなかで生きていくことができる。そういうことなんですね。そういう時間、空間、人間というものが、私たちは仏教を学ぶなかで、すでに用意されているということを実感したいものだなと思うことであります。
 真宗の人間観ということと、世間とか娑婆の人間観というけれども、世間や娑婆の人間観は、先ほど言いました端的に言えば「人材」という、機能とか、所有(何をどのぐらい持っているか)、それから地位(相対的ポジションがどうであるか)というようなことで、人間の価値を見ていく。そうしてそれは、得が上で損が下で、勝ちが上で負けが下で、健康が上で病気が下で、生きているのが上で、死んだのが下で、こういう価値観でプラスを上の方へ見ていく。それがこの世間の人間観ということになります。
 仏教や真宗の人間観は変な人間観で、「人間というものは罪深いもの同士」だという人間観ですね。あるいはさっき申しあげました、「弱いもの同士」だということですね。さらに言うならば、歳を取らねばならぬもの同士である。いつ病気になるかわからないもの同士だ。もっと言えば、死ぬもの同士ですね。
 みなさんと私と平等なんです。何が平等か。「お互い死ぬもの同士」であるということです。それでね、夫婦げんかを直前でとめる方法があるのです。夫婦げんかを直前で防ぐ。それは何かというと、今日は絶対あの人が帰ってきたら、これを言ってやろうと思って、もう今日はこれを言わずに絶対おれぬと思って待っている。そうしたら、帰ってきますね。
 その前に言っておかないといけないことがある。今、日本はやっかいだなと思っていることです。今、日本では不快感を先に表明したほうが勝つのですね。夫婦でも、「私がね、あんたは気楽にしていると思っているかもしれないけれども、私が家でどんな苦労をしているか、わかってよ」と言って、奥さんが不快感を強烈に出したときに、ご主人が普通の状態だったら、奥さんの勝ちですよ。夫婦げんかをしたらですよ。
 こういうときというのは、男は敏感に感じるんです。ちゃんと予感があってね。そういうときは、ダンナはね、外から帰って来るとき、それまで平気で帰ってきていても、玄関を開けるときは、フラフラになって、くたくたに疲れたという顔と様子で玄関を開けないといけない。奥さんより、もっとこう不快な状態を出して行くと、「あんたどうしたの。今日はよっぽど疲れているみたい。早く休まないと」と、負けない場合もある。
 すみません。夫婦げんかの次元というのは別の話ですね。さて、元へ戻って、「絶対この人にこれを言ってやろう」と思って、息を吸って、言おうと思ったときに思い出してください。「この人はいずれ死ぬ人だ」。そう思ったらけんかにならないんですよ。
 お釈迦さまは『法句経』というお経のなかで、そのことを説いておられますね。夫婦げんかとは書いてないけれども。『法句経』というのは番号が付いていて、『法句経』の一とか、『法句経』の二とか、『法句経』の三とか。有名なのは『法句経』の五です。「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みを捨ててこそ息む。これは永遠の真理である」いうのが『法句経』の五です。その次が『法句経』の六です。「われは死すべきものであると、人はなかなか覚らない。もし人それを覚るならば、争いはやむ」。
 つまり、お互いに死ぬもの同士だということが腹に入ったら、人間は争わなくなる。生かし合うよりほかない。毎日さまざまな殺人事件が起こっています。殺さなくたって、殺された人は死ぬ人なんです。わざわざ殺さなくたって死ぬ人なんです。殺した加害者のほうも死ぬ人なんです。死ぬ人と死ぬ人が殺し合いをしているっていうのは本当に悲しい、寂しい姿ですよ。爆弾を落として、攻撃して殺さなくたって、殺された人はみんな死ぬ人です。爆撃機に乗っていた兵隊さんもみんな死ぬ人です。
 そういうようなことが、私たちはなかなか腹に入らない。残念ですね。お釈迦さまという人は争うとか、戦いとかいうことをどうやって避けるかということに対して、本当に徹底的に考えられた方だと思いますね。出家されたのも、そういうところに動機があると思います。
 ですから「縁起の理法」というのも、人間がどうやって仲よくしていけるかということなんです。私が成り立つためには、私以外の全部が必要なんだという考え方です。私にとって一番嫌いな人、一番いて欲しくない人が私を支えているんだ。私がその人を支えているんだという相互依存というか、相互に支え合いをしているという、そういう関係性のなかで私たちは生きている。
 そういうことが仏教で教えられておるということまでぐらいを話ししておいて、いよいよオペラですね。お休みをいただいたあと、オペラに接していただいて、そして私も感想を含めてまたお話しします。
 では前半を終わります。
(前半終了)
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2008年6月1日(日)開催


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